第63話 世直し仕置人、見参!
「ぐっへっへっへ……。
紀州屋、おぬしもなかなかの悪よのう?」
「ひっひっひ……。
とんでもございません、お代官様ほどでは」
「そこまでだ!」
「なにっ!?」
「黙って聞いていれば、ご禁制の品を抜け荷とは……。いい度胸だな!」
「何者っ!?」
「誰かと問われたら、答えてあげるのが作法!
世の平和を守るため!
世の悪を打ち砕くため!
愛と真実の正義を掲げし我ら……。
世直し仕置人、ここに見参!」
「ははははっ! 世直し仕置人だと?
世迷い言を抜かしおって!
者ども……。出あえ、出あえ! 斬って捨てよ!」
「武蔵!」
「おう!」
「小次郎!」
「はっ!」
「懲らしめてやりなさい!」
「任せろ!」
「御意!」
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「ぐっふっふっふっ……。
よいではないか、よいではないか!」
「やだ、やだ! お父ちゃん、助けて!」
「お代官様、お戯れを! 娘はまだ九つにございます!」
「止めろ! このケダモノが!」
「なにっ!?」
「イエス・ロリータ! ノー・タッチ!
お毛々も生えていないような娘に手をかけるとは……。
貴様、それでも人か! 恥を知れ!」
「素浪人風情が……。儂を誰と思っている!」
「ふっ……。俺の顔を忘れたか? 鳥居左馬介」
「な、なにっ!?」
「先月の末。大阪城、竹の間の廊下で挨拶を交わしただろ?」
「ああっ!? ……う、右大臣様っ!?」
「大人しく、縛に付け!」
「ぐ、ぐぬぬぬっ……。
ええい、戯言を!
このような所に、右大臣様がおられるものか!
斬れ! こいつを斬れ! 斬り殺せ!」
「ならば、これも作法……。斬り捨て御免!」
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「くっくっ……。農民など、掃いて捨てるほどおる」
「人が嫌がる鉱山の掘り手を、ただ同然で……。止められませぬな」
「ひとぉ~つ……。
人の情けを踏みにじり……。」
「誰だっ!?」
「ふたぁ~つ……。
不届きな悪逆三昧……。」
「見張りは何をやっていた! ここに曲者がおるぞ!」
「みぃ~つ……。
見苦しい、この世の鬼を懲らしめやろう……。」
「なぜ、誰も来ない!
何をやっている! 出あえ、出あえ!」
「桃太郎っ!」
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「こちらが証拠の帳面になります」
立派な屋敷に、手入れの行き届いた庭。
月明かりの下、跪く佐助が、両手で冊子を恭しく差し出す。
俺は冊子を受け取り、指先で軽く頁を捲る。
「悪人のくせに、しっかり記録しているんだから、偉いよね」
思わず苦笑が漏れた。
開け放たれた障子戸の向こう。
座敷には、血溜まりを広げた悪人が二人。
冊子には、彼らの悪事が事細かに記されていた。
「なあ、秀秋様よ?
ここの殿様の土地は、どうしてこうも荒れているんだ?
行く先々で、悪さをしているやつらがいるじゃねえか?」
悪人二人が食べ損なった夕膳を、手づかみでむさぼる青年が、問いかけてきた。
彼の名前は、『宮本武蔵』という。
ただし、あの宮本武蔵と同一人物かどうかは、定かではない。
その正体は、九州仕置きで出会った『タケゾウ』である。
家臣に取り立てる際、名前の漢字を知り、俺が『宮本』の姓を与えて、名の読みも変えさせた。
二刀流使いだから、問題はない。
「宇喜多様は……。愛妻家で、清廉なお方と聞きますが?」
切れ長の目の美青年が、武蔵に続いた。
彼の名前は、『佐々木小次郎』という。
やっぱり、あの佐々木小次郎と同一人物かどうかは、定かではない。
宮本武蔵が家臣になったのだから、佐々木小次郎も欲しい。
俺は持てる伝手を総動員し、各地に問い合わせ、ついに小次郎を探し当てた。
彼は毛利家の足軽組頭を務めており、毛利輝元に話を通したところ、あっさりと譲ってくれた。
小次郎は今時珍しい、大太刀の使い手である。
俺は名鍛冶に新たな大太刀を打たせ、それを『物干し竿』と命名すると、小次郎に与えた。
これで問題ない。
本物か、偽物かなど、論ずるに値しない。
重要なのは、二人がライバルではなく、同じ仲間であるということだ。
そこに痺れるし、ロマンが溢れているのだ。
「うーん……難しい問題なんだよね。
この辺りは京から少し離れていて、瀬戸内に面しているだろ?
昔から戦が多くて、地侍が力を持っていた土地なんだ」
「それに、少し前に家臣たちのごたごたがあってさ」
「まだ統制を取り戻しきれていない。
その目を盗んで、地侍たちが勝手を始めた」
「……って、秀家がこぼしていたよ。
だいぶ苦労しているみたいだ」
俺は、宇喜多家の事情をざっくりと説明しながら思い出す。
秀家は、領地に帰るときはいつも渋々だ。
こちらを何度も振り返り、ため息をぽつりぽつりとこぼしながら、ゆっくりと去っていく。
逆に、大阪滞在中は元気ハツラツ。
奥さんとラブラブチュチュでうざい。
惚気が始まると、長々と聞かされ、半日が過ぎていたこともあった。
「へーーー……。殿様って言っても、楽じゃねえんだな」
「いや、苦労人でしかない殿様が、ここにいるじゃん?」
「秀秋様は……。もう少し、真面目になさったほうがよろしいかと」
「いや、お前たちはもう少し不真面目になっていいのよ?
……まあ、ここ数日で成敗してきた連中のようになられても困るけどさ」
つまり、俺とは逆だ。
今、俺は大阪に帰りたくなかった。
茶々と初が恋しい気持ちはあるが、それ以上に、宗茂が怖かった。
当初、有馬温泉への二泊三日の逃避行の予定だった。
だが、俺の足は東ではなく、西へ。
気づいたら、備前までやってきてしまった。
さすがにそろそろ戻らないとまずい。
明日は南下し、四国に渡り、金刀比羅さんをお参りしてから帰ろうと思っている。
「むっ!? 来た! さっさと逃げるぞ!」
「秀秋様、こちらへ!」
「おう!」
ふと、幾つもの蹄の音がこちらへ急ぎ迫るのが聞こえた。
宇喜多家の治安部隊だ。
慌てて冊子を座敷に放り投げ、俺は佐助の背を追いかけて走り出す。
「……ところでよ。
前から思ってたんだが、なんで俺たちが逃げなきゃならねぇんだ?」
「私も同感にございます。
我ら、正義の裁きを行っているのでは?」
悪人を倒したからといって、めでたしめでたしで終わるわけではない。
倒しても、その後の処理が待っており、これが一番面倒くさい。
「馬鹿! こういうのはな! 人知れずやるから、格好いいんだよ!」
せっかくの気ままな旅だ。
自分から仕事を背負い込むなんて、馬鹿げている。




