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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第七章 かりそめの太平

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第62話 継ぐ者




「あーーー……。」


 少し遅い朝。

 屋敷を出て、大阪城へ向かう道すがら。

 見上げた空は、どこまでも青く澄んでいた。


 しかし、俺の心は曇天。

 仕事なんて行きたくないのに、重い足だけが勝手に動いていた。



「ねえ、基次?」

「はい、何でしょうか?」



 理由は簡単だ。後ろを歩く後藤基次の視線がある。


 以前、登城の折には朝末が付き従っていた。


 だが、あいつは何だかんだで俺の頼みを聞いてしまう。

 ついつい、リフレッシュ日が増えてしまった。


 結果、付き役は基次へと替えられた。


 基次は、どこまでも一本気で真面目。

 職務に忠実で、俺のお願いをちっとも聞いてくれない。


 俺は足を止め、枝道を指さしてみせた。



「たまには、気分転換にこっちの道を通ってみない?」



 予想どおり、無視された。

 基次は俺をじっと見つめ、『早く歩け』と言わんばかりに無言で顎をしゃくった。


 朝末が戻ってこないかと、切に願ってしまう。


 今、朝末は美濃に行っていた。

 将来のため、今年の春から稲葉のおっさんに付いて、領地経営を学ばせている。



「あーーー……。」



 俺は再び重い足を引きずりながら、歩き出した。


 決して、大阪城へ行くのが嫌なわけではない。

 今日は秀頼と遠乗りする約束があり、その後には茶々との予定もある。


 実に楽しみだ。

 午後以降なら、スキップして登城しちゃう。


 問題は、午前にある。

 まず間違いなく、昨日片付けたはずの仕事場の机に、書類が山積みになっているだろう。


 来る日も来る日も、これだ。

 自主的にリフレッシュ休暇を取って、何が悪いというのだ。


 何か口実はないかと周囲を観察しながら歩いていると、俺は思わず目を見開いた。



「……えっ!?」

「どうなさいましたか?」



 突如足を止めた俺に、基次が苛立ちを含んだ問いを投げてきた。


 しかし、今の俺には答える余裕はなかった。

 俺の目は、前方の茶屋前にある長い腰掛けに釘付けとなっていた。


 初老と思しき、二人のイケオジ。


 美形を比べれば、袈裟姿の方が目を引く。

 若い頃、絶対に女を泣かせていたに違いない。



「基次……。お前、あの茶屋の御方を知っているか?」

「茶屋? ……ああ、知りませんな」



 だが、俺はもう一人に注目した。


 月代を作らず、高く結った髷。

 今はまだ貴重な煙草を往来で嗜み、長い金キセルからゆるりと立ち上る白煙。


 腕と素肌を見せて着る、虎皮の陣羽織と胸に打たれたドクロの紋。

 黒袴の足下から燃え上がるファイヤーパターン。



「……ふつくしい」



 超イカす。格好よすぎる。

 俺の理想が、そこにあった。



「ま、負けてらんねえっ!」

「と、殿っ!?」

「ちょっと家に戻って着替えてくる!

 お前は、あの御方を足止めしておけ!」



 俺はもう居ても立ってもいられずに、来た道を走って戻った。




 ******




「……だ、大丈夫だ。

 あ、あの御方なら、きっと分かってくれる」



 茶屋手前の曲がり角に身を隠し、俺は不安と期待に胸が張り裂けそうだ。


 行き交う人々が、俺に驚きや笑みを向ける。

 だが、そんなことは気にも留めなかった。



「よし……。行くぞ」



 俺は決意を固め、曲がり角を抜けて茶屋へ向かう。

 油断すれば震えて躓きそうな足を、必死に奮い立たせながら進む。



「もし、そこの御方」



 そして、緊張の一瞬。

 談笑中の基次とイケオジ二人に、俺は声をかけた。



「殿、こちらはっ……。」



 こちらに振り向いた基次は、目を大きく見開き、言葉を失った。



「なっ!?」



 袈裟姿のイケオジも息を呑み、絶句した。

 もう一人のイケオジも驚いたが、すぐにニヤリと笑った。



「ふっ……。お主、傾いておるな」

「わ、分かりますか!」



 俺の喜びは、天元を突破した。

 笑みがこぼれ、目が輝いているのを自覚する。


 超イカした、今の俺のコーディネートを解説しよう。


 九州仕置きの最中で手に入れた、オオカミの毛皮だ。

 家臣たちには不評どころか、文句を言ってくるが、俺は格好いいと信じている。


 それを羽織り、オオカミの頭を自分の頭に乗せていた。


 ただ、そのままだと頭はすぐに落ちてしまう。

 だから顎紐でしっかり固定している。


 ここでのポイントは、ただ顎紐で結ぶだけでは無粋すぎること。

 オオカミの頭の上にひょうたんを置き、そのへこみを巧みに利用して固定しているのだ。

 

 身にまとうのはそれだけ。あとは褌一丁。


 これぞ、素材を生かした引き算の美学。

 本音を言えば、全裸が理想だが、わいせつ物陳列罪で捕まるわけにはいかないので仕方ない。


 そこに、一輪の花を添えた。

 我が家の庭に咲いていたヒマワリを、刀代わりに差している。



「うむ……。いいね。実にいい」



 イケオジは立ち上がり、右手で顎を支えながら、俺を上から下へ何度も見つめた。



「頭の瓢箪は豊臣……。

 オオカミの毛皮は犬……。

 臣位の高みに至ろうとも、己はあくまで豊臣の犬、か」


「そして、裸一貫……。

 徳川にかかってこいと言わんばかりでありながら……。

 腰にはヒマワリの花。

 ……頭を下げるなら許してやる、というわけか。

 ふっふっ……。実に傾いておるな!」



 知らなかった。そうだったのか。


 いや、違う。

 そうだったんだ。


 格好いい俺のことだ。

 気づかぬうちに、この輝くセンスが自然と滲み出てしまったに違いない。


 自分の格好よさを再確認していると、イケオジがふいに懐へ手を差し入れた。



「お前さんにやるよ」



 取り出されたのは、一巻の巻物。

 放り投げられたそれに、俺は慌てて手を伸ばす。



「えっ!? ……あっ!? おっ!?」



 しかし、指先に当たって、ぽとりと地面へ。

 結び目が解け、巻物はころころと転がりながら広がった。



「その昔、猿爺に押し付けられたものだ」



 俺は仰天した。



『この書を持つ者。

 いつ、いかなる場所でも意地を通すことを許す。

 ……豊臣秀吉』



 喉がゴクリと音を立てた。


 後世の創作ではなかったのか。

 これは伝説の、いわゆる『傾奇御免状』というやつではなかろうか。



「えっ!? ……ま、マジ?」



 つまり、イケオジの正体は、俺が憧れに憧れた人物なのか。

 はっとして、巻物から顔を上げると、イケオジは爽やかにニコリと笑った。



「儂も、さすがに年を取った。

 どうだ。最後の風流に付き合ってはくれぬか? ……小早川殿」

「はい、喜んで!」



 俺は猛烈に感動した。

 嬉しさのあまり、笑顔のまま涙がこぼれた。




 ******




「会津に帰るって言ってたな。……行こうかな?」



 憧れの人と、わっしょいわっしょい。

 銭をばらまいて、わっしょいわっしょい。

 人々は唄い、踊り、鐘や太鼓が賑やかに鳴り響く。


 最高の時間だった。


 だが、何事も終わりはある。

 今俺は、自宅裏の藪の中に身を潜めていた。



「……き、来た!」



 ふいに耳へ飛び込んできた、荒々しい馬の蹄の音。

 俺は思わず身体をビクッと震わせ、藪の中で身を精一杯に縮めた。



「小早川秀秋いいいいいいいいいいっ!」



 凄まじい怒号が轟いた。

 宗茂の声だ。


 やっぱり来ると思っていた。


 なにせ、憧れの人との騒ぎはあまりにも派手だった。

 あれだけ盛り上がれば、噂にならないはずがない。


 当然、宗茂の耳にも届いている。



「秀秋の馬鹿はどこだ! どこにいった!」



 次の瞬間、正門がドゴォーーンと打ち破られる音が響いた。


 まさか、完全武装か。

 甲冑の軋む音と、刀をブンブンと振り回す風斬り音まで聞こえてくる。


 俺は賭けに勝った。裏門を選んで正解だった。



「ほ、法隆寺に早生柿を食べにいきましたぁぁぁぁぁっ!」



 泡を食った平岡のおっさんの悲鳴。

 それを背に、俺は脇目も振らずに全力で逃げ出した。




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― 新着の感想 ―
どこかの部長も転生してきたようだ
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