表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第五章 九州騒乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/67

第51話 さらば、九州!




「行きは寒かったけど、帰りは暑いなー」



 福岡港を離れた船は関門海峡を抜け、ゆっくりと瀬戸内海へ入っていく。

 真夏の陽射しが容赦なく降り注ぎ、海面はギラギラとまぶしく光っていた。


 俺は船首に腕を組んで立ち、潮の匂いを肌で感じつつ、広がる海原をじっと眺めていた。



「白い鳥しゃん!」

「すごいねー! ほら、お魚を捕ったわよ!」

「しゅごーいっ!」



 右手に目を向けると、香が初めて乗る船と海にはしゃいでいた。

 古満の腕に抱かれ、船を追うように飛ぶ海鳥を指さしては、キャッキャッと楽しそうに笑っている。



「古満様、早く私と代わってください」



 雪は、香を抱き上げている古満がよほど羨ましいようだ。

 両手を伸ばしたり引っ込めたり、気持ちが抑えきれないのが一目でわかる。



「あ、あの……。お、重くありませんか?」



 静は恐縮しきりで、落ち着かずに体を左右へ揺らしていた。

 そのたびに豊かな胸もぷるんぷるんと揺れ、彼女のそわそわした様子がさらに目立っていた。


 ご覧の通り、静と香は驚くほどあっさりと、古満と雪に受け入れられていた。


 当たり前だが、二人は戦国時代に生きる女性としての価値観を持っている。

 子どもが成人まで育つ確率が低いこの時代では、権力者が血をつなぐために一夫多妻を選ぶことは珍しくなく、彼女たちもそれに強い抵抗は感じていない。


 俺は古満と二人きりになった夜、離縁を言い出した理由をあらためて尋ねてみた。



『じゃあ、なんで家を出たの?』

『だって、静の胸……。勝てないと思ったんだもん!』



 やはり、胸のコンプレックスが大きな原因だったらしい。

 つまり、小早川秀秋が全面的に悪いのだ。



『でも……。でも、私『がっ!』いいんでしょ!』

『あっ!? ちょっ!? も、もう4回も……。』

『私も、子どもが欲しい! 頑張って!』



 ただ、古満も雪も、やけに積極的になってきた。


 最近の俺は、常に眠くて疲れている。

 古満、雪、静の順で毎晩回り、隙あらば昼も迫られる。


 ちょっとヤバいかもしれない。

 九州での騒動中は、一人で寝るのが寂しかった。

 でも今では、逆に一人で眠る時間が恋しくなっている。



「うっぷっ……。気持ち悪い……。

 ねえ、虎丸……。あと何日乗るの?」



 左手に目をやると、朝末の奥さんがぐったりとしていた。



「行きは四日だったけど、帰りは五日かかるそうだ」

「嘘っ……。あと四日も?」



 どうやら船酔いがひどいらしい。

 青ざめた顔で船の手すりにもたれ、朝末に背中をさすられながら、何度も吐いていた。


 先ほど船上で皆とわいわい昼食を楽しんだが、一人だけ手をつけられずにいる。



「うーーーん……。

 奥さん、船酔いがかなり酷いみたいだけど……。お前ら、陸路で行く?」



 さすがに気の毒で、腕を組んで少し考え込んだ後、俺は提案した。



「なりません! 家臣が主君の側を離れるなど!

 ましてや、ここは海の上! 何があるのか分からないのですから!

 あなたも武家の嫁となったからには弁えなさい! それが忠義というものです!」



 即座に反応したのは、朝末のお母さんだった。


 朝末はまだ若いため、金銭による俸禄を与えているが、いずれは美濃に土地を与えるつもりでいる。

 しかし、朝末の母親は、住み慣れた九州を離れることにためらいを感じていた。


 そこで俺は、朝末の母に大阪屋敷の侍女頭の役目を与え、引っ越す動機を作った。


 なにせ、我が家は古満、雪、静と女性陣が若い。

 それぞれに付く侍女も同年代ばかりで、ベテランと呼べる者はいない。


 その点、朝末のお母さんは元大名の奥方だ。

 旦那さんを亡くした後も、苦いも酸っぱいも味わってきた人生の先輩である。


 古満たちを導く人材として、まさにうってつけだった。



「まあまあ……。お母さん、良いじゃありませんか。

 おっ!? そうだ! 新婚なんだし、広島からは一ヶ月くらい物味遊山してこいよ! 資金も渡すぞ!」



 だが、朝末とその奥さんにとても厳しいのが玉に瑕だ。

 息子と嫁を案じる気持ちは分からなくもないが、俺は苦笑しながら朝末に助け舟を出した。



「なら、今夜は見送りの宴だな!」

「そうか! 今夜は広島か! こいつは期待できるな!」

「ああっ! 行きの広島は盛り上がったよな!」



 ところが、食い付いてきたのは、いつもの顔なじみ、小早川家の足軽たちだった。

 相変わらず、隙あらば俺の金で飲み食いする口実を作りたがるので困る。



「お前らね……。昨夜も『さらば、九州!』とか言って、馬鹿騒ぎしたばっかりだろうが」

「それはそれ、これはこれ! ……だぜ!」

「かーーーっ! 名言だな!」

「殿様、頭が一つ良くなっちまったな! やったじゃねぇか!」

「よし、海に飛び込んで、頭を冷やせ。そのまま置いていってやるからさ」



 しかも、俺が苦言を呈すと、屁理屈をこねる始末だ。

 顔を引きつらせ、海を指さすと、背後から含み笑いが聞こえてきた。



「くっくっくっ……。ずいぶん慕われてますね」

「いやいや、もっと敬意を払ってもよくない?

 ……というかさ。どうして、立花殿はここにいるの?」



 いつの間にか、船に同乗していた立花宗茂だった。


 九州を離れ、ようやく口うるさいやつから解放されると密かに喜んでいたのに。

 大阪に帰れば、稲葉のおっさんと平岡のおっさんの口うるさいコンビも待っているのだから、げんなりしてしまう。



「どうして? 不思議なことを言いますね?

 決まっています。あなたを頼むと、秀包に頼まれましたからです」



 立花宗茂は顔を横に向け、海原の向こうに遠い眼差しを送った。


 病床だった小早川秀包は、二週間ほど前に息を引き取った。

 せめてもの救いは、奥さんと嫡男の菊丸が見つかり、最期の時に立ち会えたことだ。


 小早川秀包は仁君だったらしい。

 農民たちの援助で、奥さんと嫡男の菊丸は久留米城北の山奥の猟師小屋に匿われていた。



「あなたは目を離すと、ロクなことをしない。

 だったら、あなたの側で見張っていた方が良い。そう思い知らされましたからね」

「……そ、そうですか」



 戻ってきた立花宗茂の表情は笑っていたが、眼差しは厳しかった。

 思わず、俺は目を逸らした。



「それに……。これから世がどう変わるのか。

 そして、あなたがその中に何を残すのか。

 あなたが作る十年後を、見届けたくなったのです」

「俺は作らないよ? 作るのは、秀頼様ね?」



 立花宗茂の意味深な発言に、慌てて視線を戻す。

 俺は思わずため息をつき、きちんと訂正を入れた。



「もちろん、分かっています。

 分かっているからこそ、危うい。私はきっとあなたの役に立ちますよ?」



 立花宗茂は柔らかく微笑んだ。

 眼差しは優しく、そこには温かな慈しみが宿っていた。



「買いかぶりすぎだと思うんだけどなー……。」



 むずがゆさに負けて、俺は胸元をかきつつ苦笑するしかなかった。


 たぶん、立花宗茂は俺の天下を期待している。

 三成と大谷吉継なんか、むしろ積極的に押しつけてくるレベルで、本当に困る。


 先日、三成から手紙が届いた。

 九州の騒乱を収めた功績により、秀頼がついに『関白』に就くらしい。


 豊臣家にとっては慶事だ。実に喜ばしい。


 だが、俺が『右大臣』に就くとは、どういうことだ。

 去年の論功行賞で、せっかく『権大納言』を辞退したというのに、さらにその上とは解せぬ。


 留守を狙った事後承諾なんて、正直納得できない。

 それでも、叙位はもう決まってしまったのだから、受け入れるしかない。


 茶々に一刻も早く会いたい気持ちは強い。

 しかし、大阪に帰るのはどこか憂鬱でもある。



「ととしゃま! ととしゃま!」

「おっ!? どうした?」



 そんなささくれた俺の心を癒やす香の呼び声が届いた。

 俺がにっこり笑って振り向くと、香は何やら海原を指さしている。



「でっかいお魚しゃん!」



 巨影が海を割るように跳ね上がり、眩しい水しぶきをまとって豪快に宙返りした。

 巻き起こった波は、100メートル以上離れているにもかかわらず、船を大きく揺らした。



「おおっ、クジラだ。すげぇーー……。」



 現代ではまず目にすることのない大迫力の瞬間に立ち会って、俺は心が洗われるような気分になった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ