表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第五章 九州騒乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/67

第50話 過去の影、今の罪




「デカメロンっ!?」



 女性が顔を上げると、胸がぷるるんと揺れた。


 胸を締め付けやすい着物を着ていて、平伏から顔を上げただけで揺れるのだから、実体は相当なものに違いない。

 胸の薄さにコンプレックスを抱える古満が、嫉妬のあまり離婚を宣言して家を出ていったのも、十分に頷ける話だった。



「えっ!?」

「ととしゃま?」

「……殿?」



 だが、俺の驚きの表現は未来すぎて、誰にも通じなかった。

 女性も女児も家臣も揃ってポカンとした呆け顔になり、俺は胸をホッと撫で下ろした。


 現代ならセクハラ発言で訴えられていただろう。

 ここが戦国時代で、本当に良かった。



「さて、大事なことだ。

 お姫様、お名前は何と申すのでしょうか?」

「こうっ! さんちゃい!」



 俺はしゃがみ込み、足元の小さな体と同じ高さに目線を合わせた。


 女児は三本の指を立てて、元気いっぱいに応える。

 その仕草があまりに可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。


 戦国時代は数え年だから、女児の『三歳』は実際には現代でいう二歳ということになる。



「か、香りの『香』と書いて『こう』にございます!」



 間を置かず、家臣から補足が入った。

 俺は香の両脇に手を添え、そのままひょいと持ち上げながら立ち上がり、胸の前で抱えた。



「なら、香姫か。いい名前だね」

「あうーー……。」



 香は大きく見開いた目をパチパチと瞬きした。

 間近に迫って照れくさいのか、俺の首に両手を回すと、ぎゅっと抱きついてきた。


 何だろう。この可愛い生き物は。

 胸がほんわかと暖かくなり、笑みが自然と浮かんだ。



「うっ……。うっううっ……。」

「し、静、泣くやつがあるか!」



 女性は口元を押さえて嗚咽を漏らし、家臣もまた、男泣きに涙をハラハラと落とした。




 ******




「さて……。静はどうしたい?」

「……どうしたいとは?」



 義父と奥さんを地べたに座らせっぱなしでは格好がつかない。

 社務所の縁側を借り、女性、女児、家臣の順に並んでもらい、俺は三人の前に立った。


 ここで整理しておこう。

 家臣の名前は『長崎元通』といい、その娘さんが『静』で、子どもが『香』だ。


 またしても、法則『俺の顔見知りは脇役』は当てはまった。


 三人を合わせると、『長崎静香』になる。

 大学時代に所属していた、名前だけは真面目で固そうなサークル『戦国時代研究会』の紅一点『長崎先輩』だ。



「このまま、九州で暮らすか。

 それとも、一緒に大阪へ行くかだ」

「えっ!?」



 実を言うと、静の顔を見た瞬間、俺は思わずハッとした。


 だが、長崎先輩はショートカットだったのに対し、静は髪が長い。

 トレードマークの少し大きめの黒縁メガネも記憶に強く残っていたため、確信を持つことはできなかった。


 しかし、名前がピタリと一致した以上、確定だ。



「俺は秀頼様を支えなければならない。

 だから、生活の中心はどうしても大阪になる」



 長崎先輩は巨乳の持ち主で、歩くたびにゆさゆさと揺れていた。


 見た目は完全に内気な文学少女。

 その実、歴女とBL好きが悪魔合体した腐女子。さらに、同人誌も書いていた。


 小早川秀秋が関ヶ原の戦いでの裏切りを責められ、福島正則にねっとりと頂かれる同人誌を見せられたとき、思いっきり床に叩きつけたのを覚えている。



「だけど、以前のように所領を放ったらかしたりはしない。 

 それでも、やっぱり立花山城に居れるのは、年に二ヶ月くらいかな?」



 いや、それ以上の思い出がある。


 長崎先輩は大学四年の春、唐突に皆の前から姿を消した。

 都内の企業への内定はすでに決まっていたにもかかわらず、大学を中退して地元へ帰ってしまったのだ。


 それ以後、長崎先輩の携帯電話は解約され、繋がらなくなってずっと不思議に思っていた。


 だが、今目の前には、長崎先輩と同じ顔をした女性と、その娘がいる。

 これまでの法則『俺の顔見知りは脇役』の例を踏まえると、まさか、そういうことなのだろうか。



「と、殿、お待ちください!

 ……と、ということは、娘と孫をお認めになってくださるのですか?」



 長崎先輩は戦国時代とBLには饒舌だが、それ以外では話下手で寡黙だった。

 友だちが少なく、サークルのメンバーにもあまり話しかけなかった。


 それでも、不思議と俺にはよく話しかけてきた。

 当然、俺は自分に気があるのかもと、下心を抱いてしまった。


 いつしか大学の外でも会うようになり、俺が誘うと二人で飲みに行く機会も増えた。



「もちろんだ。静は俺の子を産んでくれたのだからな。

 順序が逆になってしまったが、正式に側室とするのが道理だろ?」



 そして、俺は一度だけ、長崎先輩の部屋に泊まったことがある。

 ただし、その夜の記憶は居酒屋でプツリと途切れており、何も覚えていない。


 翌朝、長崎先輩はいつも通りだった。

 むしろ、初めて女性の部屋で目を覚ました俺のほうが、挙動不審だった。


 お互い、着衣は昨夜のままだった。

 長崎先輩に『二人とも、酔い潰れちゃったみたいですね』と言われ、俺は納得した。


 酔い潰れた人間を置き去りにするほど、長崎先輩は冷酷ではない。

 それに、長崎先輩は俺の最寄り駅は知っていても、具体的にどこに住んでいるかまでは知らなかった。


 だから、仕方なく自分の部屋に俺を連れ帰ったのだろうと。

 ただ、自分の部屋に帰ったあと、履いていたトランクスが裏表逆になっているのに気づき、『あれ?』と思ったのもよく覚えている。



「うっ……。うううっ……。」

「あっ!? また、かかしゃまをいじめた!」

「違うの……。違うのよ。ううっ……。」



 それが、長崎先輩から義理チョコをもらったバレンタインである。

 その後も、姿を消す前日までは、いつもの長崎先輩のままだった。


 今となっては、真相を確かめる術はない。

 俺は一度告白して振られているし、長崎先輩とはあくまで友人の関係だったはずだ。



「まあ……。その前に、古満の許しを貰わないといけないんだけど……。」



 だが、もし想像が当たっていたのなら、相談してほしかった。


 あの頃の俺は大学二年。二十歳の若造に過ぎず、記憶も経済力もなく、将来への不安でいっぱいだった。

 だけど、責任の取り方くらいは分かっていたつもりだ。



「いや、それ以前にだ。今まで済まなかった。……この通りだ」



 俺は地べたに膝を下ろし、両手を突いて静かに頭を下げた。

 額につく硬い土の感触が、後悔の念をより強くさせた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
涙が出ました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ