第48話 天下無双の槍
「上手く乗せられたような気がしますが……。
この上は、誰にも邪魔させません! ご存分に!」
立花宗茂は微笑みとともに蜻蛉切を差し出した。
俺も偉くなったのだ。
あの『西国無双』と名高い立花宗茂に槍持ちさせているのだから。
それに『東国無双』と謳われた本多忠勝の愛槍だった『蜻蛉切』を持っている事実も、俺を興奮させる。
つまり、俺は西国と東国の無双を合せた『天下無双』だ。
負ける気がしない。これから一騎打ちする加藤清正が、少し気の毒になってきた。
「どうぞ大船に乗ったつもりで、ゆるりと待っていてください」
俺は馬上で蜻蛉切を受け取り、オグリの腹を両脚で挟み叩いた。
「ヒヒーンッ!」
オグリの嘶きが響き渡り、そのまま軽やかに駆け出す。
「小早川秀秋様、ご出陣!」
朝末の高らかな声と共に、数多の法螺貝が大気を震わせる。
やがて、その音が途絶えると、陣太鼓が打ち鳴らされ、手鐘の澄んだ音に合せて、太鼓の叩く速度はさらに増してゆく。
整然と並ぶ足軽たちの中央に作られた花道を進むと、熊本城の西大手門前に作られた広場に出た。
「フハハハハっ! 小早川秀秋、見参!」
手綱を引き、オグリを静止させる。
音と歓声を鎮めるために振り返って、槍を掲げると、多くの城下町の者たちが屋根に上って見物しているのが目に入った。
改めて、正面に向き直れば、弓矢や鉄砲を打つ白壁の穴『狭間』から、数多の視線をビンビンと突き刺さるのを感じた。
俄然、血がたぎってきた。
鼻息は自然と荒くなり、俺の殿様もまた熱く猛る。そのせいで、褌が窮屈に感じられた。
今度は、熊本城の方から法螺貝が響き渡った。
それに追いつけと陣太鼓が打ち鳴らされ、西大手門が重い音を立てながらゆっくりと開いた。
「片鎌十文字槍に、長烏帽子形兜!
噂に聞きし、その出で立ち! 加藤清正だな!」
しかし、その中から姿を現した加藤清正は、立ち止まる気など微塵もない。
西大手門前の、攻め手に不利を強いる曲がり角『虎口』を一気に曲がり、そのまま馬の速度を上げてきた。
「いかにも、俺が加藤清正だ!
握り飯の差し入れ、礼を言うぞ!」
オグリが俺の意を汲んで地を蹴り、勢いよく走り出す。
俺が蜻蛉切を振り上げると、加藤清正も片鎌十文字槍を振り上げた。
「ならば、天下無双の槍さばき! 馳走ついでに喰らわしてやろう!」
「ボンクラが図に乗りおって!」
そして、互いが互いの間合いへと飛び込む。
振り落とされた槍同士がぶつかり合い、甲高い音が響き渡った。
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「フハハハハハハハハハっ!」
「うらああああああああっ!」
初撃を打ち合い、すれ違った直後、俺が馬首を返すと、加藤清正もまた馬首を返した。
お互い右利き同士。
槍を打ち合わせるたび、馬たちは自然と左回りへと歩を進め、やがて円を描き始めた。
「賤ヶ岳七本槍、健在だったか!」
「貴様! これほどの武、どこに隠しておった!」
「くっ!?」
「だが、俺の相手をするには、ちと足りんな!」
「ええい! 厄介な槍だよ!」
突いて、振るって、払う。
受けて、流して、避ける。
すでに三十合以上を数え、嫌でも思い知らされる。
まさに加藤清正は猛将だ。
鋭さと重さが一撃一撃に宿っている。
「むっ!? ……やる! 今のはヒヤッとしたぞ!」
「こうなったら……。奥義、四神咆哮!」
「なにっ!?」
しかも、その片鎌十文字槍の扱いは驚くほど巧みだ。
穂尻の左右に伸びる刃の長さの差を巧みに利用して、俺は避け損ないを何度か浴びていた。
鎧が今のところ全て弾いてくれているものの、間合いの感覚が少しずつ狂い始めているのを感じた。
避ける際の動作が大きくなりだして、攻撃が後手に回る場面が増えていた。
「朱雀!」
「ぬっ!?」
「玄武!」
「んっ!?」
「白虎!」
「おい……。」
「青龍!」
「ただ威勢が良いだけの連撃ではないか? どこが奥義なんだ?」
攻撃ばかりではない、防御の妙もまた目を見張る。
穂尻の十字をまるで刀の鍔のように扱い、槍同士の戦いでありながら鍔迫り合いが発生するのだ。
当然、力比べでは、力を入れやすい加藤清正が有利となる。
「くそっ! 失敗した!」
「ほれほれ、飯をたらふく食っている割に、腹に力が入っておらんぞ!」
「ぐぬぬぬぬっ!」
このままではジリ貧だ。
ならば、肉を斬らせて骨を断つ覚悟で挑むほかない。
前方頭上で始まった鍔迫り合いは、次第に押し負けいき、気づけば互いの刃は地を指していた。
「あっ!?」
「うらあっ!」
刹那、俺は力を抜いた。
せめぎ合いが一気に崩れ、加藤清正が俺の槍を下からすくい上げ、勢いよく弾き飛ばす。
上半身を仰け反らされ、槍ごと両手を高く上げる体勢を強いられた。
「貰ったぞっ!」
加藤清正は槍を頭上で一回転させて、ニヤリと笑った。
そのまま俺のがら空きとなった左脇腹を薙ぎ払い、片鎌十字の鎌の刃先が鎧を滑りながらも継ぎ目に引っかかった。
「それを……。待っていたあああああっ!」
即座に加藤清正の槍を左腕で抱え込み、鎌の刃先を鎧の継ぎ目に食い込ませる。
皮膚を裂かれ、異物がズブリと体に侵入する感触。
激痛に視界で火花がバチバチと散る中、今度は俺がニヤリと笑う番だった。
「お、お前、わざとっ!?
さっきの仰々しい奥義も、油断を誘う布石かっ!?」
加藤清正は目を大きく見開き、口を呆然と開け放った。
まるで信じられない光景を目の当たりにしたかのようだった。
恐らく、鎌の刃先を鎧のどこかに引っ掛けて、相手を落馬させるのは加藤清正の必勝策だ。
これまでにも、鎧の肩当てに刃を引っ掛けようとする動作を何度か目にしている。
今回の場合、俺が体勢を立て直す力も利用して、槍を引き、落馬させるつもりだったのだろう。
つまり、三つの刃を持つ片鎌十文字槍において、最も短く、最も致命傷を与えにくいはずの『鎌』こそが、加藤清正の最大の武器なのだ。
「フハハハハっ! ありがとう、ありがとう! その顔が見たかったよ!」
俺が大きな隙を見せれば、そこに必ず仕掛けてくると思っていた。
先ほどの鍔迫り合いで、俺がほんの刹那、力を抜いたのは、この瞬間のためだった。
今、鎌は根元まで俺の体に食い込んでいる。
この深さでは、加藤清正も槍を押すことも引くこともままならず、鎌を外へ引き抜こうとした。
「ぐっ……。離せ!」
しかし、力比べとなれば、槍を抱え込んでいる俺のほうが断然有利だ。
加藤清正に残された手段はひとつ。槍を手放すしかない。
だが、せっかくの必殺の間合い。そうはさせない。
俺は右手の蜻蛉切を大きく引き絞り、全身に力を込めた。
「加藤おおおおおっ! 受け取れぇいっ!」
本多忠勝より譲られ、今は俺の愛槍となった蜻蛉切。
ある時、本多忠勝が戦場を睨みつけ、槍を立てていたところ、飛んできたトンボが穂先に触れた。
その瞬間、トンボは真っ二つに切れ落ちる。あまりの切れ味に人々は驚き、この槍は『蜻蛉切』と呼ばれるようになった。
実際、蜻蛉切の切れ味は逸話に違わぬほど凄まじい。
足軽の着ける安物の鎧なら、雑に振り回しても容易に切り裂ける。
加藤清正が身に纏うような逸品となると、不可能ではないが、極めて難しい。
力と方向、角度、タイミング、運。
それら全てが完璧に噛み合う一瞬を狙わねばならない。
しかし、加藤清正は動けず、目の前にいる。
まさに今がその一瞬。俺は全力で俺は蜻蛉切を加藤清正の胸へ突き込む。
鉄の固い手応えに続き、肉を断つ感触が腕を貫く。
「ぐっ!? ……げぼっ!?」
加藤清正は目を大きく見開き、息を詰まらせたかと思うと、次の瞬間、血を吐いた。
同時に、加藤清正は踏ん張る力を失ったのだろう。
背中から倒れ込み、鐙から足が外れ、落馬した。
「……み、見事だ。
こ、虎嘯風生……。な、なるほど、天命か……。」
その拍子に、蜻蛉切が引き抜かれる。
貫かれた加藤清正の心臓からは、蜻蛉切で突き抜けた鎧の穴を通り、血が噴水のように吹き出した。
「ひ、秀頼様を頼む。お、お前なら……。た、託せる……。」
加藤清正は大地に大の字となり、血溜まりを広げていく。
「お、俺はっ……。お、俺は、ただ一本の槍でいたかっ……。た……。」
その瞳からは瞬く間に光が失われ、天に向かって震える右手を伸ばすも、力なく落ちた。
「ヒヒンッ! ブルブルブルッ……。」
主を失った栗毛の馬は、オグリの嘶きに震え上がり、熊本城へと逃げ帰っていった。
「俺のっ……。勝ちだ!」
俺は脇腹に突き刺さったままの鎌を、一気に引き抜く。
血がブシュリと噴き出したが、痛みよりも高揚感が勝り、口に自然とニンマリと笑みが浮かんだ。
「エイ、エイ、オーーーーーっ!」
槍を大きく掲げ、勝鬨をあげる。
それに呼応するように味方たちからも勝鬨があがり、熊本城での戦いは幕を閉じた。




