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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第五章 九州騒乱

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第45話 総大将、また行方不明!




「フハハハハっ! 絶体絶命ってやつだな!」

「馬鹿! 笑っている暇があるか!」



 一ヶ月半前、攻めあぐねていた久留米城は、拍子抜けするほどあっさり落ちた。


 虚兵の計を実行した当日は、見事な日本晴れだった。

 佐賀城を半包囲する二十以上の狼煙が久留米城からもはっきり見え、味方の士気を大いに高めた。


 一方で焦りを見せたのは、久留米城を守っていた鍋島家の家臣たちだった。

 

 主君もこの事態を目にすれば、佐賀城へ急ぎ戻るだろう。

 家臣たちはそう考え、久留米城の先にある柳川城の鍋島直茂に伺いを立てることもなく、独断で久留米城を離れてしまった。



「だって、わくわくしないか?」

「どきどきしかしねぇーよ!」



 久留米城に残された加藤家の軍勢と黒田家の残党は、懸命に防衛にあたった。

 だが、援軍だと思われていた古処山城からの黒田家残党が久留米城攻めに加わると、城内は大混乱に陥った。


 その結果、守備する加藤家の兵と黒田家残党との間で同士討ちが発生し、城内は阿鼻叫喚の状態となった。

 最終的に、黒田家残党が統制を取り戻し、大手門が破られる寸前、久留米城は降伏に至った。



「でも、お前もさっきから笑ってるぞ?」

「……えっ!?」



 当然、この出来事に柳川城を守っていた加藤清正は、激しく憤った。

 加藤家と鍋島家の家臣たちが揃った作戦会議の場で、鍋島直茂を猛烈に罵り、責め立てた。


 この瞬間、加藤清正と鍋島直茂は完全に決裂した。

 鍋島直茂は野戦にて汚名を晴らすと息巻き、兵を引き連れて城を出るや、直ちに佐賀城へ向かった。



「フハハハハっ! ほら、次の騎馬隊が来たぞ!」

「わははははっ! こうなったら自棄だ!」



 その後、鍋島直茂の降伏の使者が届く。

 俺が久留米城に着いたころには、柳川城はすでに落ちていた。

 



 ******




「盗んだ馬で走り出す!」

「いや、この場合は『奪った』だろ!」



 鍋島直茂は豊臣秀吉に『天下を狙える知恵と武勇はあるが、覇気がない』と評された男だ。


 評判に違わず、鍋島直茂の望みは、所領の安堵ただ一つだった。

 その優れた才覚を生かし、関ヶ原の戦いでは、息子を西軍に属すと見せかけつつ、実際には東軍に協力させた。


 徳川家康の命に従い、鍋島直茂は主の留守を突いて久留米城と柳川城を落とした。

 さらに、当時の情勢を巧みに利用し、黒田孝高と加藤清正の両雄と結束したのである。



「どっちに行ったら分からねえ! 血に染まる敵陣の真っ只中へーーーっ!」

「何だよ! 適当かよ! アテがあると思ったじゃねえか!」



 しかし、俺というイレギュラーが発生した。


 この時点で鍋島直茂は、豊臣家への恭順をすでに迷っていた。

 だが、ここで旗を翻せば所領を荒らされるのは必至であったため、静観に徹した。


 それでも、機を見極め、最高のタイミングで旗を翻し、俺に対する恩をより高く売ろうとしていたらしい。



「誰も縛られなくない! 気ままな戦場に!」

「味方はあっちだぞ! お前、よく見ろよ!」



 ところが、戦況は鍋島直茂を待ってはくれなかった。

 黒田孝高がまさかの降伏をしてしまい、稼げるはずだった時を失った。


 慌てて密かに降伏の使者を俺に何度も送るも、俺は後方攪乱の作戦に赴いており、あいにく留守だった。


 そんな最中、佐賀城を囲む幾多の狼煙が上がった。

 鍋島直茂は『虚兵の計』とすぐに見抜いたが、暴走した家臣を止められなかった時点で、敗北を悟った。



「自由になれた気がした! 18の昼ぅ~~っ!」

「えっ!? お前、年上だったのか! 絶対、年下だと思ってたぞ!」



 つまり、加藤清正との言い争いは、陣営を変える良い口実となったのである。




 ******




「フハハハハっ! 敵将、誰だかしらんが、討ち取ったりぃっ!」



 残る敵は、加藤清正ただ一人。

 兵力差はこちらが大きく勝っており、消化試合と言ってもいいだろう。


 だが、猛将と謳われただけのことはある。

 肥後の玉名と呼ばれる地に、菊池川を背に陣を構え、苛烈な攻めを仕掛けてきた。


 しかも、東北の山林に兵を潜ませ、大軍ゆえに狭い山間の道で渋滞していた我々を巧みに分断した。



「お前の槍、凄えなっ! 鎧を斬るなんて、業物だろ!」

「ああ! 天下の名槍、蜻蛉切だからな!」

「天下とは大きく出たな……。

 んっ!? ……とんぼきり? 聞いたことあるような?」



 前線は大混乱に陥った。

 指揮は途絶え、兵たちは散り散りになり、組織としての動きは完全に失われていた。



「タケゾウ、見ろ! あいつ、大将首っぽいぞ!」

「次は俺だぞ! 背中は任せたからな!」

「フハハハハっ! 任せろ、任せろ!」



 しかし、俺はこの状況を見抜いていた。

 今朝の出立に先立ち、俺は足軽に化けて、こっそりと前線へ紛れ込んでいた。


 決して、後ろでふんぞり返って消化試合を見物するだけではつまらない、などと考えたからではない。


 総大将が前線を離れるな、と言うことなかれ。

 後方では、俺の鎧と陣羽織を身にまとい、頬当てを付けた城井朝末が俺の馬に跨り、俺を演じてくれているのだから問題ない。


 もう一度、言おう。大事なことだ。

 決して、後ろでふんぞり返って消化試合を見物するだけではつまらない、などと考えたからではない。



「おらっ! おら、おら、おら、おらっ!」

「ヒューーっ! 二刀流、格好いい!」

「わははははっ! そうだろ、そうだろ!」



 それに、頼もしい若武者に巡り会った。


 黒田家残党の足軽『タケゾウ』である。

 潰走する味方たちの中で、獅子奮迅の戦いぶりを見せていた。


 その類まれな武才に加え、劣勢に怯むどころか、俺と二人だけで敵陣に斬り込む胆力も持ち合わせているときた。


 足軽の身分に収まる器ではない。

 稀有な二刀流の使い手という点も、実に気に入った。まさに俺好みだ。


 この戦が終わり次第、タケゾウの上役と話をし、ぜひとも我が家臣に迎えたいと思っている。



「おっ!?」



 幾つもの法螺貝の音が重なり合い、戦場に響き渡った。


 味方の総攻撃の合図だ。

 この音が届くということは、敵に分断されていた前線と後方が、再び一つに繋がった証でもある。



「ふーーーっ……。これで一安心だな」

「どうする?」



 タケゾウは、ほっとしたように盛大なため息をついた。

 それに釣られるように、俺も張りつめていた気を緩めた。



「手柄はもう十分だろ? 帰ろうぜ」

「そうするか。腹も減ったしな」

「……あっ!?」

「どうした?」



 俺とタケゾウの活躍によって、周囲の敵は散り散りになっていた。

 馬首を返すと、土煙の向こうに味方の騎馬隊が一群が見えた。



「握り飯……。どこかに落としちまった!」

「フハハハハっ! 間抜けめ! やらんぞ!」

「そんなこと言うなよ! 一緒に戦った仲だろ!」



 隊列は俺たちに向かって進んでくる。

 一瞬、すれ違うだけで通り過ぎるのかと思ったが、やがて騎馬隊は止まり、俺たちを中心に円陣を組んだ。


 その中から、一騎だけがゆっくりとこちらに近づいてくる。



「げっ!?」



 西国無双と名高い『立花宗茂』だった。

 慌てて、俺は陣笠を深く被り、顎を引いた。



「聞き覚えのある笑い声がすると思ったら……。

 なぜ、あなたがここにいるのですか? 小早川様?」



 陣笠越しでも感じ取れる、立花宗茂の鋭い視線。

 たまらず、俺は摘んだままの陣笠をさらに深く被り、顔を背けた。

 

 関ヶ原の戦いの折、立花宗茂は小早川秀包と共に大津城を攻めている。


 二人に家同士の繋がりはないが、親友を超えた義兄弟の仲である。

 関ヶ原の戦い直後、小早川秀包が九州急行を選べば、立花宗茂もまたその道を選んだ。


 二人は門司に上陸後、二手に分かれる。

 小早川秀包は筑前を、立花宗茂は豊前を攻めた。


 しかし、予想もしなかった事態が起こる。小早川秀包が病に倒れたのだ。


 立花宗茂は門司に兵を退き、俺の到着を待った。

 九州仕置連合軍では副将を務め、さらに小早川秀包の義弟ということもあり、俺は可愛がられていた。



「えっ!? ……小早川? お前、そんな名前だったっけ?」

「せ、拙者の名は、北影宮地山! ひ、人違いでござる!」

「ござる? お前、そんな話し方してなかっただろ?」



 だが、俺は立花宗茂がどうにも苦手だった。

 彼もまた、法則『俺の顔見知りは脇役』に当てはまっていたからだ。


 白米をおかずにご飯を食べる狂人。

 中学一年から三年まで俺の担任を務めた『立花先生』その人だった。


 正義感が強く、生活指導を担当。

 俺ほどの模範生徒はいなかったはずなのに、なぜかいつも怒られていた。



「また私を騙したのですね?

 この前、あなたが姿を消したせいで、私がどれだけ必死に誤魔化したか、散々説明しましたよね?」

「……は、はい」

「無茶を押し付けられた、あなたの家臣が哀れと思わないのですか?」



 言葉は丁寧だが、怒り方はまさに瓜二つ。

 あの頃のトラウマが蘇り、俺は思わず縮こまる。



「い、いや、朝末には経験を積ませようと……。」



 結果が分かっていながら、つい言い訳をしてしまう。



「あなたは総大将ですよ!」

「ひぃっ!?」



 案の定、立花宗茂のカミナリが落ちた。

 たまらず、俺はビクッと身をすくめ、顔の前に両手を翳した。



「もし、討ち取られたら、どうするんですか!

 その時点で、我々の即負けですよ! 負け! 何を考えているんですか、あなたは!」


「私は秀包に涙ながらに頼まれたのです! 自分の代わりに、弟を助けてほしいと!

 だけど、その弟は勝手ばかり! 目を離せば、すぐに居なくなる! 一体どう守ればいいんですか!」


「ああ、もうっ! 敵より味方に手を焼かされるなんて、わけが分かりません!

 もしかして、敵の策ですか? そうですよね? 総大将が勝手に単独で突撃とかあり得ませんよね?」



 晴れ渡った青空の下、天地を揺るがすかのような雷鳴が立て続けに轟いた。



「……お、お願い、助けて」



 俺は顔を引きつらせ、死地で背中を預け合った頼もしい戦友に縋った。



「いやー……。無理だろ?

 いや、無理にございます、ですよ?」



 しかし、タケゾウはあっさりと俺を見捨てた。

 俺と立花宗茂に視線を交互に向け、少し困ったように眉をひそめると、馬を立花宗茂の方へ寄せた。



「くそっ! 味方がいない!」



 遠くで響く数多の雄叫びと、絶え間ない剣戟の音。

 俺は味方に囲まれ守られているはずなのに、孤立無援を強く痛感した。




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