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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第五章 九州騒乱

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第44話 四十二日目、山賊日記




「今日で、何日目だ?」



 杉の木が鬱蒼と茂る山の中。

 沢の水面に映る自分の顔を覗き込みながら、俺は小刀で髭をジョリジョリと削り落としていた。


 戦国時代に、石鹸やシェービングクリームなど有りはしない。

 普段なら椿油を馴染ませて髭を剃るところだが、後方撹乱のため山中を渡り歩き、潜み暮らす今の状況では、そんなものが手に入るはずもなかった。


 だから今は、豚の脂を代わりに使っているのだが、どうにも獣臭い。



「四十と二日目になります」

「一ヶ月半か……。そろそろだと思うんだけどな」



 しかし、問題ない。

 俺たち自身の方が、よほど臭い。


 俺たち以外には、もっと臭いらしい。

 三日前に襲撃した村で、年頃の可愛い娘さんに『臭いから近寄らないで!』と泣かれたときは、さすがにショックだった。


 もっとも、一ヶ月半も風呂に入らず、着替えもしていなかったら、臭くもなるのも当然だ。



「どうせなら、さかやきも剃って差し上げましょうか?」

「いや、そっちはいいよ。

 髭だって、お前たちが似合わないって言うから剃っているだけだしさ」

「はっはっ! 殿は童顔ですからな」



 本日は見事な日本晴れだ。

 皆で水浴びを兼ねて洗濯をしたのだが、結果はひどい有様だった。


 沢は、まるで誰かが泥を流し込んだかのように、土砂降り後の濁りっぷりだった。

 今まで見て見ぬふりをしていた褌の汚れが、どうしても落ちず、たちまち気になりだした。


 今の俺はノーパンスタイルだ。

 現代ではトランクス派だったが、戦国時代の褌生活で締め付けに慣れたせいか、どうも落ち着かず妙に違和感がある。


 明日予定している襲撃では、まず真っ先に、綺麗めな褌を探そうと思っていた。



「……にしても、どいつもこいつも逞しくなったもんだ」

「ふっ……。殿なんて、まるで山賊の首領ですよ?」

「ははぁ~ん? さては、お前……。

 昨日、手に入れたこのオオカミの毛皮の羽織り、羨ましいんだろ?」

「違います。嫌味ですよ」



 剃り終えた鼻先や顎をさすりながら、俺は周囲を見渡して苦笑した。


 着衣どころか、髭もさかやきも手入れされておらず、髷や髪も乱れている。

 だが、その不精を極めた姿にも、俺には歴戦の頼もしさがしっかりと伝わってきた。



「ええっ!? ご丁寧に、頭まで付いているんだぞ?

 ほら、こうやって頭に被ると、『ワオーン』って吠えてるみたいで、めっちゃ格好いいだろ?」

「今回の作戦で、長らくご一緒させていただいて気づきましたが……。

 殿って、人と少し外れていますよね? そんな格好、私なら恥ずかしくて歩けません」



 今、俺が率いている人数は100人ちょっとだが、その内の半数はつい一ヶ月半前までは新兵だった。


 それが今はどうだ。俺の指揮一つで、攻めるも退くも、彼らは忠実に動く。

 同じ場所に留まらず、山野を駆け回る毎日は厳しいはずなのに、彼らはボヤくことはあっても、音を上げたりはしない。


 もはや、どこへ出しても恥じることのない強兵だ。

 肥前各地に散った新兵たちも、きっと同じような力を身に付けていることだろう。



「いやいや、めちゃめちゃ格好いいってば! 

 みんなも、そう思うだろ? ……なっ? なっ? なっ?」



 後方撹乱作戦は見事に成功した。

 作戦開始から一週間ほど経つと、各地を巡回する小規模な軍勢が姿を現し、その数も日増しに増えていった。


 今では、村々よりもそいつらを襲撃することの方が多い。



「あれ? ……俺だけ?

 今後は陣羽織の代わりに、これを羽織ろうと思っていたんだけどなー……。」

「絶対に止めてくださいね?

 殿はともかく、私たち家臣の評判に傷が付きますから」

「ひ、酷すぎない?

 ど、どうして、俺の家臣って、こうも容赦がないの?」



 なにせ、俺たちは所在を悟られぬため、炊煙を上げることができない。

 襲撃時の短時間の滞在でしか火を扱えず、奪った野菜を生のままかじるのが主食となっている。


 各地を巡回する軍勢は、握り飯を携えているのだ。

 そいつらを見つけると、皆は『ご馳走が来た!』と言わんばかりに張り切った。



「それより、提案があります」

「あぁん? 何だよ?」



 その結果、各地を巡回する小規模な軍勢は、いまや中規模へと変化していた。

 つまり、俺たちの後方撹乱に、鍋島直茂が苛立ち、前線から兵を割かざるを得なくなっている証拠に他ならない。


 しかし、肥前に散らばった俺たちの捕捉は難しい。

 そもそも、向こうは『鎮圧』が目的に対して、こちらは見つかったらすたこらさっさの『逃げるが勝ち』だ。


 たとえ、一人や二人が捕まろうと、一隊まるごと鎮圧されようと、痛手にはならない。

 俺自身もこの場にいる者たち以外は、何処にいるかも知らないからだ。



「この一ヶ月半の経験は、まさに得難い宝でございます。

 合流後も、山岳戦運用を前提とした部隊として扱われるのが適当かと存じます」



 その全てを知っている者は、ただ一人しか居ない。

 新たに召し抱えた忍者集団『飛騨枝打ち衆』の棟梁『猿飛佐助』だ。


 大阪城で、ひょんなことから知り合った彼らは、実に良い買い物だった。

 話を聞くと、彼らは長い年月、不遇の時を過ごし、ずっと主を探していたらしい。



「おお、名案じゃん! お前、指揮官やる?」

「その心意気は大いにありますが、私より猿飛殿が適任かと」



 まずはお試し価格として、今回の作戦が彼らの初任務となったが、まさに八面六臂の大活躍を見せた。


 伊万里城とその城下への放火に成功。

 上手くいけば儲け物と考えていた伊万里城の城主暗殺も、見事に成し遂げた。


 その後、肥前に散らばった各部隊に人員を配し、偵察による安全と連絡手段を確保する。

 それらの情報を一手に握る猿飛佐助が、各部隊の進む方向を調整し、一定の範囲に配置した。


 そのため、作戦開始以降、俺が率いる部隊は他の部隊と一度も顔を合せていない。


 だが、朝昼晩と連絡は欠かさず届く。

 おかげで、横のつながりを感じる安心感を得られ、示された進行方向だけに集中すればよく、非常に楽だった。


 これはもう、本採用価格に決定だ。

 情報収集にしろ、忍者が行う様々な工作にしろ、何かと金がかかるだろうし、無理に節約されれば精度にも影響する。



「なるほど……。工作と諜報の指揮は一つに纏めておいた方がいいか」

「はい」



 元来、小早川家には忍者の抱え衆が存在する。


 しかし、彼らの出身は毛利家の所領内であり、持つ知識や経験は西日本に偏っている。

 その点、元甲賀出身の『飛騨枝打ち衆』は畿内を中心に、東日本に関する知識や経験を持っている。


 今後の徳川家との対決に備え、俺が求めていた人材であった。



「……おや?」

「まだ昼には早いですが……。」



 そんな彼らの話を家臣と交わしていたら、まさに『噂をすれば影』だ。


 森の木々がざわめき、枝から枝へと渡る音が近づいてくる。

 それは、猿飛佐助の接近を知らせる合図だった。


 猿飛佐助が持つ気配遮断の技術は、凄まじい。

 当初、いきなり目の前に現れ、何度も驚かされた末、話し合いの結果、こうなった。



「殿! お味方に久留米城を攻める気配ありにございます!」



 頭上で音が止むと、次の瞬間、大地に着地する音が響いた。

 目の前には猿飛佐助が跪いており、俺は定時外の連絡に眉をピクリと跳ねさせた。



「古処山城はどうだ?」

「それが奇妙なことに、兵を南下させております!」



 すぐさま問いかけると、待ち焦がれていた猿飛佐助より応答が返ってきた。

 たまらず、俺は右手で顔を覆い、天を仰ぎながら高笑いを森に木霊させた。



「フハっ! ……フハハハハハハハハハっ!

 来た、来た、来た! ついに来たぞ! 待ちに待ったその時が来たぞ!」



 宝満川手前に陣取る味方たちは、停滞する戦況に焦れて動き出したのではない。

 加藤清正の所領である肥後に、島津家が攻め込み、それに呼応して動いたのだ。


 これにより、古処山城を守る黒田家残党の間に内紛が生じ、旗色は豊臣家恭順に定まったのだろう。



「今をもって、山賊稼業は廃業だ! 派手に狼煙を上げろ!」

「御意!」



 だったら、笑っている暇などない。

 俺が命じると、猿飛佐助は懐から小さな竹笛を取り出し、甲高い音を鳴らした。


 すぐに同じ笛の音が重なり合い、それが伝わって次々と遠ざかっていく。


 作戦開始以来、一度も姿を目にすることはなかったが、隣の部隊が意外と近くにいることを知った。

 それを配置した猿飛佐助の手腕に感心しながら、俺はニヤリと笑った。



「さてさて……。どう出るかな?」



 これで、佐賀城から見える山々には、二十を超える狼煙が上がる。

 果たして、鍋島直茂は居城に半包囲の危機が迫っていると知り、久留米城を悠長に守っていられるだろうか。


 だが、俺たちは佐賀城を攻めない。

 俺たちが向かうのは南の佐賀ではなく、北の福岡だ。

 そこからさらに東へ大きく回り込み、味方と合流することになる。



「さあ、撤収だ!

 あとひと頑張りだぞ! 帰るまでが遠足だ! 大宰府に戻ったら、存分に飲め!」



 これは『虚兵の計』だ。

 後方撹乱はその信憑性を支える布石であり、すべてはこの一瞬のためにあった。




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