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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第五章 九州騒乱

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第39話 暇つぶしの天下布武




「つれづれなるままに、日暮らし……。

 硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを……。

 そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」



 船旅も三日目ともなると、さすがに暇を持て余してくる。


 夜になれば、寄港先の宿で古満や雪とともに、のんびりと余暇を楽しめるのだが、船の上ではそうもいかない。

 俺としては船の上でも仲良くしたいのだが、先ほど誘ってみたところ、怒鳴られた挙げ句、部屋を追い出されてしまった。


 ならばと顔なじみの足軽たちの輪に加わろうとしたが、揃いも揃って二日酔い。

 甲板に打ち上げられたトドのように、誰ひとり動こうとしない。


 夕方には下関に到着し、いよいよ九州上陸というこのときに。まったく、呆れたやつらだ。


 確かに昨夜の宿となった広島では、毛利家の歓待は実に豪盛なものだった。

 だからといって、酷い二日酔いになるまで飲むやつがあるか、という話だ。



「さて……。何を書こうか」



 墨を擦るのにも飽きてきたので、筆を手に取り、机の上に広げた白紙をじっと見つめる。


 この際だから、徳川家に対する戦略プランをまとめておこう。


 徳川家康は戦国時代の荒波を渡ってきた老獪な狸親父だ。

 関ヶ原の戦いで敗れた以上、もう絶対に油断はしてくれない。


 次の決戦では守りを十重二十重に固め、その首に刃を届かせることは事実上不可能だろう。


 それに、まだ来てもいない次の決戦に、頭を悩ませるのは無駄だ。

 家康の本拠地である江戸の地図を広げて、真剣な顔つきで意見を求めてきた三成に、俺は苦笑しながらこう諭した。



『違う、違う。間違っているぞ。

 俺たちはつい家康を討ち取ることこそが最後の目的と考えがちだけど、そうじゃない。

 徳川家の権威を根底から揺るがし、瓦解させる。これこそが本当の勝利だ』



 今にして思えば、和睦の条件に本多忠勝の首と遺品を最優先して要求したのは、まさに見事な一手だった。

 俺も心の底で『さすが家康だ』と感服したし、両軍の諸将も同じ思いであったに違いない。


 つまり、徳川家康は今もなお、その求心力を失っていないのだ。

 再び家康が天下に号令をかければ、東軍に属した諸将たちは、三つ葉葵の旗のもとに、喜び勇んで馳せ参じることだろう。



『ならば、徳川家を大幅減封しましょう!

 100万石……。いや、50万石まで減らせば!』



 三成は声を張り上げて訴えた。

 だが、隣りにいた大谷吉継は首を左右に振った。



『……無理だな。

 我々は勝つには勝ったが、明確な勝利とは言い難い。

 家康を打ち取るか、捕縛していたのなら、それも叶っただろうが……。』

『私も同意見です……。

 今、徳川家は250万石……。削れても、200万石がやっとでしょう』



 三成の後ろに控えていた島左近にまで否定されると、三成は悔しそうに押し黙った。

 あまりにもしょんぼりするものだから、俺は笑いを堪えつつ、こう慰めた。



『お前って、本当に軍才がないのな。

 逆に考えるんだ。家康が求心力を失っていないなら、むしろそれを利用すればいい。

 正面から攻められないのなら、横からでも、後ろからでも、じわじわと追い詰めるんだよ』



 斬首、斬首、また斬首。

 三成が腹案にしていた東軍諸将に対する粛清案。


 その嵐を、俺は真っ向から否定した。


 一部の例外を除き、東軍に属した諸将には温情を示す。

 所領や財産は没収するものの、命は奪わず、流罪にも処さない。



『豊臣家に恭順するなら、それで良し。

 徳川家に逃げ込むのも、それで良しだ』



 これぞ、豊臣の懐の深さを見せつける『リストラ大作戦』である。


 豊臣家は、召し上げた所領や財産を再分配し、さらに経験豊富な人材を安くこき使える。まさにウハウハ状態だ。

 一方、徳川家は大減封こそ免れたものの、減らされた石高の中で、逃げ込んできた豊臣にとっての『負債』を丸ごと背負わされることになる。

 結果として、減封以上に支出は増え、領国運営はますます厳しさを増してゆく。


 なにせ、大名だけでも10人以上いるのだ。

 その家臣団まで含めれば、いったいどれほどの人数になることか。



『198万石……。これが、我らの限界にございました。

 威勢のいいことを言っておきながら……。秀秋様、誠に申し訳ございません』



 後日、徳川家との交渉は、おおむね島左近の予想通りに落ち着いた。

 その結果を報告しにきた三成は、涙を浮かべながら深々と頭を下げ、なかなか顔を上げようとしなかった。


 だが、豊臣家が持つ石高に次いで、三位の上杉家より大きく上回る、198万石という数字は大きなポイントになる。



『いや、それでいいんだよ。

 大幅減封なんてしたら、豊臣家に恭順しない奴らは、徳川家の苦しさに同情して、さっさと野に下ってしまう』


『下手をすれば、各地で騒動を起こす可能性すらある。

 それをいちいち見張り続けるなんて、金も労力も無駄だろう?』


『だけど、198万石なら……。『自分くらいは』と、徳川家に逃げ込んでくる。

 危険な連中ほど、むしろ一箇所にまとめておいた方がいいんだ。

 それを徳川が引き受けてくれるなら、こっちは万々歳だ』


『譜代と外様……。徳川は198万石の中で、それをどう処理するんだろうな。

 これが、家康の求心力を利用するって答えだよ。

 間違いなく、不遇さから不和を起こす奴が出てくるぞ?

 そうなれば、そのうち誰かが内通を持ちかけてくるかもしれないな』



 この作戦の真意を打ち明けたとき、徳川家康を除いた五大老が同席していた。

 前田利長は顔を引きつらせ、宇喜多秀家には『秀秋、悪どい顔をしているぞ?』と苦笑混じりにたしなめられた。


 上杉景勝に至っては、無言のまま眉間に皺を深く刻み、嫌悪感を露わにした。

 やはり、上杉謙信の『義』を胸に刻む彼にとって、忠誠心を弄ぶような謀略は、どうしても受け入れがたいものなのだろう。


 逆に積極的に乗ってきのが、毛利輝元だ。

 祖父である毛利元就が『謀神』とまで称された才覚の血が、心の奥で騒いだに違いない。

 


『なら、本多家を改易するというのは、頷けませんな。

 儂は本多殿の健闘を讃え、むしろ加増するべきだと愚考する』



 上杉景勝がにっこりと微笑んだが、それは一瞬だけだった。



『そして、東軍に属した『真田信之』に小田原を与えるのだ。

 そうすれば、きっと面白いことになるぞ! ……うむ、心が躍るな!』



 上杉景勝は即座に立ち上がり、そのまましばらく戻ってこなかった。

 俺は、古満と仲直りできて本当に良かったと、しみじみと思った。


 あからさま過ぎる『離間の計』であるにもかかわらず、徳川家はこれを防げない。


 本多家を加増する理由は十分にある。

 真田信之の妻は徳川家康の養女だが、実父は本多忠勝であり、ここにも理由がある。


 しかし、俺たちは論功行賞で真田昌幸を戦功第一とし、大領を与えている。

 その内の一国は小田原城とほぼ接する甲斐である。


 三成が交渉で見事に奪ってきた小田原城は、江戸の玄関口を守る難攻不落の城である。

 断腸の思いで手放したはずの城が戻ってくるのだから、徳川家としては受け入れるほかあるまい。


 徳川家康が真田信之をいかに信頼していようと、意味はない。

 重要なのは家康の周囲がどう受け止めるかであり、そこから不和が生じるおそれがあるのだ。



「目標は……。10年後だ」



 残念ながら、俺は史実の徳川家康の没年は知らない。

 大阪夏の陣が1614年にあったことは覚えているので、その時まで生きていたのは確かだ。


 だが、史実のように楽隠居できる状況ではない。

 関ヶ原の戦いに敗れたことで、徳川秀忠の遅参は史実以上に大きな失態となっている。


 果たして、高齢の家康は、日々の激務と重圧に耐えられるだろうか。



「そうだ! これを『船中八策』と名付けよう!

 ……って、元ネタって何だったっけ?

 まあ、いいや。格好いいし……。多分、俺の早いもの勝ちだよな」



 そう、俺たちが狙うべきは、家康の跡を継ぐ『徳川秀忠』だ。

 彼は、関ヶ原の戦いに遅参せず、自らの活躍次第では勝てたはずだと考えているかもしれない。



「だけど、そうなると……。あと七つ、何か考えないと駄目だよな」



 しかし、次の決戦で敗北を喫すれば、どうなるか。


 徳川秀忠の心が折れなくとも、徳川家は求心力を著しく失う。

 今より高齢となった家康に、その流れを止めることはできまい。



「うーーーん……。安土城を再建するってのはどうだろう? 

 今なら、実際に見たやつも多いし、ロマンがある。我ながら、名案じゃね?」



 何より、俺と徳川秀忠は同年代である。焦る必要はない。

 末永く付き合い、いずれ向こうから『負けました。もう許してください』と言わせれば、俺たちの勝ちだ。




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