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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第五章 九州騒乱

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第38話 秘密の餞別




「本当に行っちゃうの?」

「まあ、仕方ないね。悪者は懲らしめないといけないから」



 年が明け、正月の余韻もすっかり薄れた今日、ついに出発する日を迎えた。

 行き先は九州、その目的は加藤清正ら反抗勢力の仕置である。


 空はあいにく灰色に沈んでいるものの、海面は驚くほど静かだ。

 港には、多くの人々が見送りに集まり、しばしの別れを惜しんでくれている。



「いつ帰って来るの? 春になるくらい?」

「ごめん、早くても夏かな?」

「えーーー……。」



 とりわけ秀頼は、『絶対に離さないもん!』と言わんばかりに、ぎゅっと抱きついてきた。

 俺が苦笑いを浮かべつつ困り果てていると、茶々がくすりと笑って、秀頼の肩をそっと引き寄せた。



「こらっ、あまり困らさないの」

「……はい」



 秀頼は唇を尖らせながらも、ようやく手を離した。


 当たり前だが、戦国の世にあっては、電話もネットもない。

 互いの心を通わせようと思えば、実際に顔を合わせるほか手段はない。


 それが、大きな要因なのかもしれない

 たった一か月余りの付き合いとはいえ、秀頼も茶々も、確かに良い方向へと変わっていた。


 どちらも肩の力が抜け、自然体の落ち着いた雰囲気を漂わせている。

 この様子なら、俺が半年ほど大阪を留守にしても、問題はなさそうだ。



「ほら、これ」

「ええっと……。何です?」



 茶々が短刀を包んでいるらしい包刀布を差し出してきた。


 それを受け取り、俺は思わず手に取り、しげしげと見つめた。

 一目で豪華さが伝わる。鮮やかな赤地に、鶴と牡丹の文様が絹糸で繊細にあしらわれていた。


 ちらっと視線を戻すと、茶々は目を逸らし、頬をほんのりと紅く染めた。



「……あ、あなたが頼んでいたものよ」

「おおっ! ありがとうございます!」



 その意図を即座に理解し、俺は目を輝かせた。

 本音を言えば、茶々を今すぐ抱きしめて、そのままぐるぐると回りたい気分だった。


 だが、周りには人の目が多すぎる。ぐっと我慢するしかない。



「ちゃ、ちゃんと帰ってくるのよ?」

「もちろん! これで百人力です!」



 その代わり、俺は着物の袖を軽く捲り上げ、不安そうな横目を向ける茶々に向かって、力こぶを誇らしげに見せつけた。




 ******




「意外と早いもんだなー……。」



 風を帆に受け、波を切り裂きながら力強く進む船。

 時折、海鳥たちが滑空し、魚をくわえて舞い上がってゆく。


 俺は船首に腕を組んで立ち、潮の匂いを肌で感じつつ、広がる海原をじっと眺めていた。


 右手側の本州はすぐそこにあり、左手側には淡路島も間近に見える。

 おそらく、このあたりが明石海峡なのだろう。


 俺たちが乗る船は『安宅船』と呼ばれる軍船である。


 かなり大きい。俺の頭にあった洋船のイメージよりも、ひと回り以上大きい。

 乗組員は100人近くおり、状況に応じて漕ぎ手となることで逆風でも進むことができ、さらに小回りも利くらしい。



「寒さはしみるけど、心は……。南国パラダイス!」



 山育ちの俺にとって、どこまでも広がる海を眺めているだけで、心は自然と和んでいく。


 それに、ここには俺を仕事漬けにする三成もいない。

 九州の騒乱を収めるという大役こそあるが、どこか休暇気分にもなってしまうのだった。



「そして、俺には……。これがある!」



 さらに、もう一つ。俺の心を熱くさせるものが、そこにはあった。

 腹に手を当てれば、帯の上に収まる茶々の餞別を着物の上から感じ、思わず口がニマニマと緩んだ。



「ねえ!」

「……ん?」

「それ、見せてください」

「えっ!?」



 ふと声がかかり、後ろを振り向くと、古満と雪が立っていた。

 二人とも、いつになく真剣な表情を浮かべていて、こちらをじっと見つめていた。


 その視線の先は、俺が腹に添えた右手のあたり。着物の中に隠した、茶々からの餞別に注がれている。



「秀頼様が見送りに来ていたのは……。まあ、分かるわ」

「はい、秀秋様をそれだけ信頼している証ですから、私も誇らしいです」

「でも、どうして? どうして、淀の方まで来られていたの?」

「淀の方は、滅多に城から出ないと聞きますが、おかしくありませんか?」



 岡崎城を攻める前、俺は雪と約束を交わした。

 瀬戸内海を海で渡り、九州の太宰府天満宮に連れて行ってやると。


 そこに古満が『私の生まれ故郷の広島も、雪に見せてあげたい』と言い出し、二人はこの船に便乗してすることになった。


 雪は小さな川船に乗った経験しか持たない。

 古満も海船を乗るのはずいぶんと久しぶりらしい。


 しかも、この船は一般の船とは違い、威風堂々たる巨大な軍船だ。


 本来なら乗れないような船に、俺の役得で乗れているというのに。

 自分の旦那に惚れ直してもいい場面のはずが、なぜか二人の表情は厳しい。



「全然、おかしくないよ! 淀の方は秀頼様の母親だよ?

 きっと秀頼様のことが心配だったんじゃないかな? うん、そうだよ!」



 どうにも解せない。俺は何も失敗していないはずだ。

 思わず後ずさろうとしたが、ここは船首。背後は柵で、逃げ場はなかった。



「なら、淀の方に頂いた物。見せてくれるわよね?」

「い、いや、その……。」

「やましいことがないなら、見せられますよね?」



 古満と雪がぐいと距離を詰めてきて、にこやかに微笑んでいる。


 正室と側室の仲が良いのは、喜ぶべきことに違いない。

 でも、うちの場合は、仲が良すぎて、逆に怖いことが多くて困るのだ。


 一、身だしなみの些細な変化を見逃さず、その変化を褒める。


 二、閨の回数は平等に。


 三、閨の最後には、必ず『愛している』と囁く。


 四、女は鋭い。やましさを感じ、後ろめたさがあっても、贈り物などで変に気を惹いてはいけない。


 五、どうしようもないと感じたら、半ば強引に閨へ持ち込む。


 結城秀康に教えてもらった夫婦円満の五箇条を、毎日のように実践しているというのに、どうしてこうなるのか。



「は、はい……。ど、どうぞ、ご確認ください」



 俺は怖ず怖ずと懐に手を入れ、茶々からの餞別をそっと取り出して差し出した。

 その豪華な包刀布に、二人は思わず目を見開く。



「……ただの短刀よね?」



 それをひったくるように手に取り、古満はいそいそと紐を解いた。

 中から姿を現した漆塗りの短刀をじっと見つめ、怪訝そうな表情でぽつりと呟いた。



「三つ盛り亀甲に花菱!」

「知ってるの?」

「浅井家の家紋! 淀の方の生家のものです!」



 その瞬間、雪の瞳がするどく細められる。


 短刀の鞘に刻まれた家紋。

 その正体を、雪はひと目で見破ってしまった。



「なら、嫁入り道具じゃない! どういうことなの!」

「詳しく……。説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています」



 古満と雪がずずいと迫り寄り、俺たちは体が触れ合うほどの密着状態。

 たまらず俺は顔を引きつらせ、柵を掴みながら、上半身をぐっとその向こう側へと反らした。


 家紋『三つ盛り亀甲に花菱』を用いた浅井家は、すでに二十年以上前に滅んでいる。


 つまり、雪が生まれるよりもずっと前の話だ。

 生活苦にあえぎながらも、雪に教養をしっかりと身につけさせた両親には、頭が下がる思いだった。


 しかし、その愛情の深さが、今だけはひどく恨めしい。


 思考を走らせろ。

 頭の中の引き出しをすべてひっくり返し、いい感じの言い訳を探すんだ。


 今までも、どうにか乗り切ってきたじゃないか。

 活路を見つけろ。この窮地を必ず切り抜けるんだ。



「ふ、二人とも、落ち着こう……。

 そ、それは俺が、淀の方にお願いして、貸してもらったんだよ」


「ほ、ほらっ! お、俺に逆らうやつがいるかもしれないだろ?

 ……と、というか、それが理由で今回の出兵になったわけだしさ。

 そ、そこで、豊臣家が俺の後ろにいるって証が必要だと思ったんだよ」


「で、でも、豊臣家の家紋そのものじゃ、万が一のときに困るだろ?

 だ、だから、それをお願いしたわけさ。

 じ、実質、豊臣家の家紋のようなものだけど、正確には違うからね?」



 やったぜ。必死に舌を回した結果、どうにかこうにか話が繋がった。

 余裕を取り戻した俺が上半身を戻すと、古満と雪も自然と一歩下がった。


 ただ、一つ、どうしても不可解なことが残っている。

 なぜ、茶々は浅井家の家紋入りの短刀を餞別にくれたのかという疑問だ。


 古満と雪が来る前に包刀布を解いたとき、俺にはその意味が分からなかった。

 だが、古満と雪の反応こそが、正解だったのだろう。


 まさか、こんな手段で自分の存在を二人に知らしめようとしていたとは。

 もし、本命の餞別まで古満と雪に見破られていたら、今頃俺は容赦なく海に突き落とされていただろう。



「……筋は通ってるわね」

「やはり、考えすぎですかね?」

「まあ、淀の方ってのはあり得ないか」

「ですね。さすがの秀秋様でも……。」



 そう、本命は着物の左袖の中にある。

 短刀と一緒に包まれていた『お守り』であり、その中には茶々の『お毛々様』が封じられているのだ。


 三日前、茶々の元へ忍んだ俺は、土下座で必死に頼み込んだ。



『知ってた? お毛々様には武運長久のご利益があるんだよ?

 それに、離れていても茶々を身近に感じたいからさ……。ねっ!? お願い!』



 しかし、茶々は恥ずかしがるどころか容赦なしだった。



『こ、好色っ! た、たわけっ! い、色狂いっ!』



 茶々は罵るとき、このフレーズをよく口にする。

 俺が強引に『お毛々様』をもらおうとすると、蹴られた上に枕でボスボスと叩かれ、結局諦めるしかなかった。


 だけど、こうして何だかんだで用意してくれた茶々には、愛おしさが自然と湧いてくる。


 どんな思いで、茶々は『お毛々様』を抜いてくれたのだろうか。

 それを想像するだけで、思わず口元がニヤリとしてしまうが、この場でそれを表に出すのは、明らかに悪手だ。


 今の最善手は、逃げるが勝ち。

 甲板で釣りをしつつ、こちらを指さして笑っている顔見知りの足軽たちに、視線で『助けろ!』と強く合図を送る。



「おう、殿様! 釣り、一緒にやりましょうぜ!」

「よし、やるか! どうせなら、出発前に運試しだ! 大物を釣り上げた者には褒美を出すぞ!」



 さすがは関ヶ原以来、苦楽を共にした我が戦友である。

 物怖じせず釣りに誘ってきたので、俺は古満と雪の間を掻き分け、さっさと逃げ出すことにした。



「ひょーっ! そりゃ景気がいい! こりゃ今夜は大宴会だな!」

「俺は槍でも釣りでも一番だぜ! 覚悟しておけよ!」

「はっ、言ってろ! 今度こそ、俺が一番だ!」

「ったく、お前らは酒が絡むと元気だな……。

 でも、寒いんだから、絶対に脱ぐんじゃないぞ? 風邪ひくぞ?」



 余談だが、大物一番勝負で勝ったのは、両手で抱えるほどの真鯛を釣り上げた俺だった。

 刺し身にして、船の乗組員全員で一切れずつ味わい、俺たちは友情をさらに深めた。




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