第27話 大小に貴賤なし!
「だって、おかしいじゃない!」
「屋敷にいた雪って女も、私と同じくらいだし!」
「なのに、仲睦まじいって話しか聞かないし!」
「あんな西陣織まで贈っちゃって!」
「前は胸の大きい女ばっかりだったじゃない!」
「だけど、さっきはあんなに……。」
「どうして! どうしてなのっ!」
古満は、まるで堰を切ったようにまくし立てた。
深く俯いた肩が小刻みに震え、古満が泣いていることを物語っていた。
ようやく理解した。
なるほど、古満も雪も胸が決して豊かではない。
雪も出会ったころは、そのことをずいぶん気にしていた。
古満も、きっと同じように胸の奥で気にしているのだろう。胸の問題だけに。
まずい、かなりまずい。
小早川秀秋と古満の関係については、周囲にそれとなく聞いて回っていた。
だが、それはどこまでいっても第三者による感想の域を出ない。
古満が持っているものには勝てない。
古満しか分からないものもある。
どうするのが最善かと悩むが、悩んでいる暇はない。
時間をおけばおくほど、事態は悪化する。
「胸が大きい女の方がいいなんて、言ったかな?」
「言った! 言ったもん!」
まずは、とぼけてみた。
古満は顔を跳ね上げ、涙が頬を伝った。
「うーーーん……。
もしかして、その時の俺って酔っ払っていなかった?」
次は、賭けだ。
小早川秀秋らしい一手で攻める。
「……えっ!?」
古満は目をきょとんと見開き、口を半開きにした。
涙がひと粒こぼれ落ちたが、その表情からは哀しみが消えかかっていた。
「酔っていたとはいえ、言っていいことと悪いことがある。
しかも、それを覚えてないなんて、やっぱり最低だな。……ごめん、本当に悪かった」
「う、うん……。」
俺は賭けに勝った。そっと胸を撫で下ろす。
多分、小早川秀秋は所謂『おっぱい星人』だ。
その人となりから察するに、きっと『母になってくれるかもしれない女性』を強く求めていたのだろう。
それを踏まえれば、古満とは相性が悪いのも頷ける。
悲しいかな、今の時代は『ツンデレ』というご馳走がまだ生まれていない。
古満の『デレ』を引き出す器がなければ、彼女は『ツン』ばかりの烈女になる。
小早川秀秋が尻に敷かれていた、という周囲の評とも合致する。
しかし、嘘だけを積み上げても、いずれ破綻する。それが嘘というものだ。
ここで、俺は迷わず自分の価値観を正直に告げる。
「まあ、俺も男だからね。大きいおっぱいは好きだよ?」
「ほらっ! ほら、ほら、ほらっ!」
「だけど、おっぱいに貴賤なし!」
「へっ!?」
「大きいのも、小さいのも! みんな、違っているから良いんだよ!」
握りしめた右拳を掲げ、夜空に向かって思いのたけを力強く叫んだ。
古満は、一言目で眉を吊り上げ、二言目で目を丸くし、三言目では目をパチパチと瞬きした。
「女なら、誰でもいいってこと?」
「違う!」
「じゃあ……。噂通り、衆道に目覚めたの?」
その結果、古満はとんでもない疑惑をぶつけてきた。
俺はギョッと目を見開いた。
衆道とは、男同士で愛し合う関係を意味する。
どうして、そんな疑惑が出てくるのか、全く理解できなかった。
「違う! ……って、何、その噂っ!?」
「だって、『松尾山の鉄砲水』と並んで、『岡崎の槍大将』って呼ばれてるわよ?」
「……どういうこと?」
「足軽を千人、裸にさせて、その……。吟味して、褒美を与えたって」
明かされた衝撃の事実。
岡崎城勝利後の夜にあった馬鹿騒ぎに尾ひれがついたのは間違いない。
『槍』とは、男性自身のことを指す隠語だ。
古満は千人と言ったが、あの馬鹿騒ぎに参加した連中はもっと多い。
まずは、大小を比べる予選。
次は、果てることなく最後まで耐え抜いた者が勝者となる決勝戦。
そんなものを特等席で見せつけられたのだ。
賞金まで支払わされた挙げ句に、根も葉もない噂が流れているなんて、不本意すぎる。
「くそっ! 誰だよ、そんな噂を流したの!」
「違うよ! 違う! ……いや、確かに吟味はしたよ?」
「ああ、したさ! しましたよ! 必死に、しましたとも!」
「だって、そうしないと、騒ぎが収まらなかったからね!」
「でも、俺がやった褒美は金一封だ! 古満が想像しているような褒美じゃない!」
今度は俺がまくし立てる番だった。
ここは戦国時代。衆道は武士の嗜みとされている。
戦場には男しかいないのだから、そうした文化が自然と発達したのだろう。
だからこそ、そういう目で見られるのはマジで勘弁してほしい。
実際、戦国時代に来てからというもの、なぜか全裸になる機会が妙に多く、そのせいか、それとなく誘われることもあった。
俺は女性が好きだ。
同性愛を否定しないが、男性をそういう目では見られない。
「わ、分かった、分かったから……。う、うん、信じるから」
その熱意が伝わったらしい。
にじり寄る俺から逃れるように、古満は右足を一歩引いた。
仰け反りつつ、突き出した両の掌を振り、俺に自制を求める。
「ふーーー……。分かってくれて、嬉しいよ」
俺は息を吐き、気持ちを落ち着けた。
よく考えてみると、ちょうどいい話題でもあった。
古今東西、女性が胸の大小を気にするように、男にも気にする『大きさ』がある。
それを教えるため、俺は自分の殿様を指さした。
「じゃあ、話が出たついでに教えると……。
俺のこれ、今は寒くて縮こまってるけど、大きい方なんだよね。
古満、知ってた?」
「し、知らないわよ! あ、あなたのしか知らないし!」
釣られて視線を下げた古満は、目を大きく見開いた。
顔を真っ赤にして勢いよく背けるが、横目でチラッ、チラッと俺の殿様を覗いている。
「じゃあ、小さかったとして……。俺のこと、嫌いになる?」
「……えっ!?」
俺は古満の肩に両手を置いた。
これで、古満は俺を見るしかない。俯こうとしても、その唯一の逃げ場には俺の殿様があるのだから。
古満の目をじっと覗き込みつつ、一気に畳みかける。
「つまり、そういうことだよ。
大小に貴賤なし!
大事なのは心! 心なんだ!」
「私でも……。私でもいいの?」
たちまち、古満の目がじわりと潤んだ。
俺は古満を引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。
「でも、じゃない! 古満『が』いいんだ!」
「ひ、秀秋ぃ~っ!」
古満も両手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
よし、ミッションコンプリート。
実を言えば、古満との離婚問題が俺の一番の問題だった。
だが、思わぬところから、あっさりと解決してしまった。
明日、二人で毛利輝元の屋敷に伺い、びっくりさせてやろう。
大阪に凱旋して以来、毛利輝元は会うたびに、何か言いたげにしていた。
俺はそれが古満のことだとなんとなく察していたが、藪蛇になりたくなかったので黙っていた。
これで安心してくれるのではないだろうか。
余談だが、ずいぶん後になって知ったのだが、今回の一件は毛利輝元の策だった。
上洛を命じられ、俺が大阪に凱旋する一週間前に、古満は大阪に来ていたらしい。
もちろん、目的は小早川秀秋との関係改善だ。
周囲にせっつかれ、大手門の前で登城する俺を待ち構えていたが、結局、土壇場で逃げ出してしまったのだとか。
毛利輝元は悩みに悩み、愛妻家で知られる宇喜多秀家に相談した。
『変ですね……。私なんて、一週間も会えなかったら、我慢できなくなりますよ?
そうだ! 一週間、秀秋をどこかに閉じ込めてみては?
一週間が経って、そこに姫をお連れすれば、きっと丸く収まりますよ。私なんて……。』
代償として、小一時間ほど惚気に付き合わされたらしいが、毛利輝元は藁にも縋った。
しかも、うまい具合に、俺は三成に捕まっていた。
俺と毛利家の関係改善を望んでいた三成は、この企みに乗ったというわけだ。
「……あっ!?」
ふと、古満が身体をビクッと震わせ、抱擁を少し解き、下を見た。
俺も釣られて下を見ると、俺の殿様が古満の温かさで元気を取り戻していた。
「よし、身体も冷えたし、風呂に入るか!」
「キャっ!?」
ならば、善は急げ。
俺は古満をお姫様だっこして、廊下をドタドタと駆ける。
「フハハハハっ! 今夜は寝かさないぞ!」
「ば、ばばば、馬鹿ぁ~……。」
先ほど、古満を待っているとき、寒さでつい『風呂に入りたい』とぼやいた。
身を潜め、この屋敷を警備中のサービス精神満点な忍者たちのことだ。
きっと熱々の風呂を用意して待っていてくれているに違いない。




