第28話 涙と拍手の論功行賞
「ご一同、揃われたようですので……。
これより、此度の騒動における論功行賞を執り行います!」
とうとう暦は最後の月、十二月を数えた。
外は寒風が吹きすさぶ冬の一日。
だが、大阪城の大評定の間は、論功行賞の開式宣言に喜びと期待が湧き、熱気に包まれていた。
豊臣政権の最高幹部は、五大老と五奉行で構成されている。
11月末、五大老の一人である上杉景勝が大坂に入城した。
五大老筆頭で東軍総大将の徳川家康。
五奉行筆頭で東軍についた浅野長政。
この二人を除いた五大老と五奉行のすべてが揃った。
その八人で行われた、徳川家康の乱に関する論功行賞の事前会議は、三日にわたり議論が重ねられた。
ちなみに、俺も少しだけ参加している。
淀の方をからかって楽しんだ帰り道、待ち伏せしていた三成に捕まってしまい、るんるん気分を台無しにされた。
「まずは、秀頼様からの挨拶です!」
司会進行役は、三成。
正座して上座の豊臣秀頼に頭を垂れていた西軍諸将たちが、三成の合図とともに、一斉に頭を上げた。
五人、十人ならまだしも、百を超えるとなると、それだけでかなりのざわめきになる。
そのざわめきが収まるのを待って、ただ一人あぐらをかく秀頼は、にっこりと微笑んだ。
「大義であった! みんな、ありがとう!」
そして、軽く頭を下げた。
たちまち先ほど以上のざわめきが湧いた。
最前列に座る俺は、横目でチラリと見て、皆が動揺しているのが分かった。
唯一、秀頼と正対せず、俺たちと秀頼の間で横を向いていた三成は、目を大きく見開き、口を半ば開けたまま固まっていた。
俺はニヤリと笑い、膝の上に置く右手を握って、親指を立てた。
そんな俺を真似るように、秀頼も膝の上の右手を握り、親指を立てて目を輝かせた。
俺は、むさい男どもの顔を見る前に、心の癒やしを求めて淀の方に会いに行った。
そのとき、何やら秀頼がうんうんと唸っているのを見つけた。
『何だろう?』と思い、忍び足で背後に回って覗き込む。
秀頼は長々と書かれた挨拶文を、一生懸命暗記していた。
その筆跡から、すぐに三成考案のものだと分かる。
最近、三成にやりこめられてばかりの俺は、ここで一計を講じることにした。
『そんなの覚えても、無駄、無駄。
偉い人の長々とした挨拶なんて、誰も聞きたくないもんさ。
退屈で、『早く終われよ!』って反感を買うくらいなら、もっと簡単でいいよ。簡単が一番だって』
ただ、このざわめき具合からすると、秀頼が家臣たちに頭を下げるのは、どうやら初めてだったのかもしれない。
しかし、問題はない。
秀頼が皆に敬われているのは、あくまで豊臣家に対してのことだ。
だったら、子どもという立場を最大限に利用すればいい。
ずっと上からの目線より、少しだけ上からの目線で接した方が、好感を持たれやすい。
ひいては、それが秀頼個人に対する忠誠心として、ゆっくりと育っていくだろう。
名付けて、フレンドリー大作戦だ。
将来、来たるべき徳川家康との決戦に備え、豊臣家とその傘下に、鉄の結束を築いてやる。
「ごほんっ!」
いち早く立ち直った毛利輝元が、咳払いを響かせた。
ざわめきが止み、三成が俺をキッと睨む。
勘のいい奴め。即座に視線を反らす。
間違いなくあとで怒鳴られるだろうが、秀頼が俺と三成のやり取りを忍び笑いしているのを見て、良しとした。
******
「戦功第一、真田昌幸殿!」
「ひょっ!?」
真田昌幸が肩を震わせて、目を見開いた。
真田家が持つ石高は、上田を中心とした4万石。
大名には違いないが、信濃の一地方を治める領主でしかない。
しかし、真田昌幸が案内された席は、最前列の秀秋の真ん前だった。
50万石の宇喜多秀家と、100万石の毛利輝元に挟まれて、さぞ戸惑っただろうし、居心地も悪かったことだろう。
それでも、席が席だけに、期待していたに違いない。
だが、名前を真っ先に呼ばれるとは思っていなかったはずだ。
それは、この論功行賞の決定を事前に知らなかった者たちも同じだ。
ざわめきが湧き、皆の視線が俺へと集中するのを感じた。
「私が強く推薦させて頂きました」
その中には、真田昌幸の目も混じっていた。
俺は苦笑を堪えて、顔を右に向けた。
「……な、なぜ?」
「我々は関ヶ原で勝ちました。私も少しは活躍が出来たと思います」
「いや、少しどころか……。」
しかし、駄目だった。
俺との間にいる秀家をもどかしそうにしながら、両手を突き出して身を乗り出し、こちらに驚いた顔を向ける真田昌幸に、つい苦笑が漏れた。
「だが、しかし!」
ここで笑っていては、格好がつかない。
自分に喝を入れるため、真田昌幸の声を遮り、俺は声を張り上げた。
「それもこれも、真田殿が上田で徳川秀忠を抑えてくれたからです。
そう、それが大前提。我々の勝利を決定づけたのは……。真田殿、あなたなのです」
「こ、小早川殿……。」
そこから一転、俺は声を穏やかにして、真田昌幸を真っ直ぐに見つめた。
真田昌幸の目に、じんわりと涙が浮かんだ。
「しかも、三万五千の徳川秀忠をたった三千で!
その勇気、忠義、知略! お見事です!
あなたこそ、日ノ本一の兵! あなたこそ、戦功第一に相応しい!」
またしても、一転。
俺は声を張り上げると、惜しみない拍手を真田昌幸に捧げた。
心の中で密かに『今の俺、格好良くね? 最高じゃね?』と自画自賛もしていた。
俺が知る歴史では、『日ノ本一の兵』と讃えられたのは息子の『真田信繁』であり、そう称賛したのは『徳川家康』だ。
だが、こういうことは早い者勝ちと相場は決まっている。
しかも、同じ真田家だから、問題はないだろう。
打ち合わせはしていなかったが、秀頼も笑顔で拍手に加わった。
その拍手に続けとばかりに、大評定の間はたちまち拍手の音に包まれた。
「うっううっ……。」
真田昌幸は滂沱の涙を流し、もう大感激といった様子だった。
肩を震わせ、白いものが混じる髭の先から、涙がぽたりと滴り落ちる。
それでも、崩れそうになる姿勢を必死に保ち、武将としての威厳を守ろうとしているのが分かった。
俺は微笑み、思わずウンウンと頷いた。
かつて、理想の小早川秀秋を思い描くたび、常々思っていたことがある。
もし関ヶ原の戦いで西軍が勝っていたのなら、戦功第一は、間違いなく真田昌幸であっただろう、と。
しかし、真田昌幸は、肝心の関ヶ原の決戦に参加していない。
そのため、事前会議でも戦功こそ認められていたが、順位は低かった。たしか十三番目だったか。
それに俺は待ったをかけ、戦功第一に押し上げた。
当初の戦功第一は満場一致で俺に決まっていた。
その俺が言うのだから、と皆も素直に受け入れてくれた。
とりわけ、越後の軍神『上杉謙信』の義を受け継ぐ上杉景勝は、猛烈に感動していた。
言いたいことを言い終えて席を立とうとしたところ、無言で握手を求めてきたかと思うと、今度は無言のまま抱きつき、背中をパンパンと叩いてきた。
あとで三成から聞いたところによると、どうやら極端に寡黙な人のようだ。
その時の俺は、また衆道を求められているのかと焦り、慌てて振りほどき、逃げ出してしまった。
無論、その夜には菓子折りを携えて、上杉屋敷へ詫びに向かった。
『気にしてはいない。
小早川殿の義と礼に感服する。今夜は共に飲もう。……と、殿はおっしゃっています』
上杉景勝はやはり無言で苦笑しながら、首を左右に振った。
同席した上杉景勝の右腕『直江兼続』が翻訳した言葉を聞き、胸をほっと撫で下ろした。
「では、改めまして……。戦功第一、真田昌幸殿!」
「はっ!」
「信濃、甲斐の二国を与える!」
「わ、儂が……。信玄様が治めていた信濃と甲斐を……。」
今日一番の大きなざわめきに包まれる大評定の間。
真田昌幸は目を見開き、口をぽかんと開けたまま、体をのけぞらせた。
当然だろう。信濃と甲斐の石高を合わせれば、60万石にもなる。
つまり、真田家は一気に大大名の仲間入りを果たし、五大老に匹敵する石高を持つことになるのだ。
「真田殿、受け取ってくれるな?」
「ははっ! 豊臣家に子々孫々までの忠誠を捧げます!」
秀頼がにっこりと笑うと、真田昌幸は両手を突き、勢いよく畳に額を押し付け、力強い大声で誓いを立てた。




