第26話 ツン突破!
「……うん?」
目を覚ますと、天井はやけに明るかった。
だが、その明るさは陽の光ではなく、火の赤みに照らされたものだった。
なぜ、こんなにも明るいのだろうか。
掛け布団を抱えたまま上体を起こすと、部屋の四隅に据えられた燈台が、必要以上の光を放ち、空間を無駄に照らしていた。
すぐ隣に正座していた古満に理由を尋ねるより早く、彼女は小さく溜息をついた。
「ようやく、目を醒ましたのね。もう夜よ」
「ええっと……。俺は……。」
「……呆れた。覚えてないの?
そ、その……。あ、あんなに……。ら、ららら、乱暴にしておきながら……。」
「いや、それは覚えている」
俺は上半身裸で、布団の感触から、褌も身につけていないことがわかった。
同時に、状況が掴めてきた。
今朝から感じていた腰の重さは消え、身も心もは驚くほど軽く、すっきりとしていた。
「た、大変だったのよ?
き、ききき、気を放ったと思ったら……。い、いびきをかいて寝ちゃって……。」
燈台の光が放つ赤よりもさらに紅潮した顔を背ける古満に、俺は思わずクスリと笑ってしまった。
古満には申し訳ないことをした。
寝てしまう前の俺は、まさにケダモノだった。
俺は脱ぐのも、脱がすのも手間が惜しくて、着物を着たまま、古満を貪るように抱きしめた。
古満は何度も『駄目!』と叫びながらも、ただ抱き返すどころか、両足まで回してしっかりと抱きついてきた。
それがたまらなく嬉しくて、俺は愛おしさを爆発させたのだが、どうにも腑に落ちない。
小早川秀秋と古満は、離婚調停中のはずだ。
しかし、抱き合っている間、古満から険悪さのかけらも感じなかった。
自分から離婚を一方的に切り出して、家を出て行ったなんて、とても思えなかった。
そういえば、古満は毛利家の本拠地である広島にいると聞いていた。
いつ、大阪に来たのだろうか。どうして、俺の元には事前の知らせすら届いていなかったのだろうか。
「そっか、ありがとう」
「何が?」
「ほら、俺。どうしても我慢できなくて、掛け布団の上でだったろ?」
「そ、そう……。が、我慢できなかったんだ? へ、へぇ……。」
俺の言葉に反応して、古満は目を見開き、こちらを振り向いた。
すぐに顔を背けるものの、横目でチラチラと俺を窺い、口元にはニマニマとした笑みが浮かんでいた。
やはり、険悪さのかけらもない。
どう見ても、嬉しがっているようにしか見えなかった。
「だから、布団に寝かせてくれたんだなってね」
「ふ、ふんっ!」
なるほど、ツンデレですね。
いただきます、ごちそうさまです。
無理やり唇を尖らせる古満が、たまらなく可愛く思えてしまう。
俺には小早川秀秋の気持ちがまったく理解できない。
なぜ、こんなに可愛くて、気遣いに溢れた奥さんと別れようと思ったのか。
古満の細腕では、自分の上に寝てしまった俺を、退かすだけでも一苦労だっただろう。
それどころか、俺が寝苦しくないように、着物と褌を脱がせ、布団にちゃんと寝かせてくれていたのだ。
いや、古満の気遣いはまだ続いていた。
ここへ来る道中、あれほど汗だくになったのに、汗の匂いひとつ感じない。
枕元に畳まれた褌を穿こうと腰を浮かせてみれば、激戦後の俺の殿様も、綺麗に清められているではないか。
「そんなことより、付いて来て!」
「えっ!?」
すると、褌に伸ばしかけていた右手が、古満にぎゅっと掴まれた。
「ほら、早く!」
「いやいや、褌くらい穿かせてよ?」
「いいから、早く!」
「わわわわっ!?」
俺は戸惑い、抗おうとしたが、古満の引っ張る力は意外なほど強かった。
何が何だか分からないまま、部屋の外へ連れ出されてしまった。
******
「ねぇ、いる?」
「いるよ」
もうすぐ、十二月を迎える。
夜ともなれば、当然ながら寒さが身に染みる。
それなのに、俺は全裸のまま、廊下に突っ立っていた。
「本当に、いる?」
「はい、あなたの小早川秀秋は、ちゃんとここにいますよ」
「あ、あなたのって……。ば、馬鹿」
その理由は、背後にあった。
古満が厠を済ませるまで、傍にいてくれと言ったからだ。
大阪城には驚くべきことに下水道が整備されている。
そのため汲み取りは不要だが、さすがに『音姫』のような気遣いは備わっていない。
紳士な俺としては、せめて耳を塞いでやりたかったが、寒さがそれを許さない。
身を強張らせながら、両腕を両手で擦っていないと、この場に立っていることさえつらかった。
「……で、何が怖いの? 明かりもついているだろ?」
「だからよ! この屋敷、変なの! オバケがいるわ!」
「オバケって……。」
来賓用の屋敷とはいえ、さすがに厠は凝っていない。
ごく普通の薄い板戸で、戸を挟んでいても、古満の様子がどうしても伝わってきてしまう。
どうやら、随分と我慢していたらしい。
その我慢の理由が『オバケ』と聞き、古満には聞こえないように肩を震わせて笑った。
「だって、門は開かないし! 誰もいないし! 連れてきた侍女もいなくなるし!」
「あーーー……。」
しかし、本当の原因は俺にあったと知り、反省せざるを得なかった。
この屋敷の状況について、俺はまだ古満に説明していなかった。説明する暇もなかったと言える。
「そろそろ暗くなるなーっと思ったら、勝手に明かりがつくし!
気づけば、部屋の前に夕膳まで置いてあるし! 絶対、オバケのしわざよ!」
「違う、違う。人払いをしてあるだけだよ」
「えっ!?」
「明かりとかも、忍びの手によるものさ」
「……そうなの?」
真相を知って、安心したのだろう。
深々とした溜息が聞こえると、それまで急だった音がゆるやかになり、やがて完全に止んだ。
「だから、朝まで二人っきりってわけ」
「あ、朝まで二人っきり……。ば、馬鹿」
布ずれの音が聞こえてきた。もうすぐ、古満が出てくる合図だ。
寒さに震えているのはかっこ悪いと思い、背筋をむんと伸ばして、足を肩幅に開きながら腕を組んだ。
ところが、古満はなかなか出てこない。
今さっき、床板の軋んだ音で、古満が戸の向こうにいるのは分かるのだが、思わず首を傾げてしまう。
「……古満?」
夜風がピューと吹き、身体がブルリと震えた。
我慢が出来なくなり、振り向いて、戸をノックしようと右拳を持ち上げたところで、戸が開いた。
「ねえ……。どうして?」
「んっ!?」
だが、古満の様子は明らかにおかしかった。
気分が沈んでいるのが一目で分かるほどで、肩を落とし、顔を深く俯かせている。
その姿からは、心の奥底に重く沈む何かが渦巻いていることが、まざまざと伝わってきた。
「胸が……。」
「……胸が?」
「胸が大きい女の方が好きだって、前に言っていたじゃない!」
「へっ!?」
唐突に叩き付けられた慟哭。
その脈絡のなさに、俺は目を丸くし、思わず言葉を失った。




