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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第四章 風雲、大阪城

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第25話 全力で、君のもとへ




「はぁ、はぁ……。今、いく、ぞぉ~……。」



 現代の大阪城と比べると、今の大阪城の敷地は広い。

 本丸と二の丸が現代の大阪城であり、その二つを守る三の丸は、街と呼べるほどの規模がある。


 当然のことだ。

 城攻めの名手だった豊臣秀吉が、難攻不落を目指して築いた城なのだから。


 さらに、この城は日本を支配する政治の中心でもある。

 三の丸には、各種の官舎が数多く建ち並び、行政の拠点として機能していた。


 当然、そこで働く者たちが住まう長屋もある。


 しかし、ここは城。防衛拠点だ。

 京都の街のように整然とはしておらず、侵入者の侵攻を阻むため、城内は入り組んでいる。



「はぁ、はぁ……。やっと、ここまで、来た……。」



 つまり、言いたいのは、無駄に歩かされるということだ。

 すぐ隣に目的の屋敷が見えていても、壁が立ちふさがり、たどり着くまで随分と歩かされることは珍しくない。


 慣れていなければ、迷うことすらある。

 三成に捕まった初日、宿泊している部屋へ初めて向かうときは、案内人がついてくれた。


 俺が宿泊している部屋は、来賓用の屋敷だ。


 書類を共に捌いていた戦友たちの長屋とは比べ物にならないほど豪華で、そこに不満はない。



「くっ……。がん、ばれ……。俺、がん……。ばれ……。」



 だが、ちょっとした運動になるくらい遠い。

 当たり前だ。来賓が書類と格闘する職場を行き来するなど、最初から想定されていないに決まっている。


 俺は三日目の朝、出勤距離にうんざりして、三成に言った。



『俺も長屋でいいよ。そっちの方が近いし、時間も無駄にならないだろ?』



 それに対する三成の返事はこうだ。



『駄目です。秀秋様ほどの大名が、皆と一緒に長屋で寝起きするなんて、言語道断です』



 だったら、俺ほどの大名をこき使うお前は、何なんだよ。

 そんな言葉が口から出そうだったが、当時は先が見えない膨大な書類の山に修羅場状態で、目を血走らせている三成が怖くて、何も言い返せなかった。



「ぜぇ、ぜぇ……。あと、ちょっと……。だ……。」



 とにかく、無駄に遠かった。

 俺を書類地獄に縛り付けていた獄卒、三成から解放された時の勢いは、もう残っていない。

 

 顎は上がり、肩は激しく上下し、息は荒い。

 横っ腹が痛み、脚も重い。汗はダラダラと流れて止まらない。


 だが、俺は腕を振り、足を進めるのを止めない。


 理由は一つ。そこに、雪がいるからだ。

 息が苦しいはずなのに、来賓用の屋敷の門が見えた途端、別の意味で鼻息が荒くなってきた。


 すると、俺を心配そうに見守り、少し離れた位置で並走していた忍者たちが走る速度をあげた。



「えっ!? ……何、を?」



 何と言うサービス精神でしょう。

 忍者たちは門を開けてくれ、玄関も開け、玄関と廊下には誘導員が手を振り、俺を雪のもとへと導いてくれている。


 実を言うと、彼らはここまでの道中でも、交通整理までしてくれていたのだ。

 でも、贅沢を言うなら、馬を用意してくれたら最高だった。


 雪を驚かすため、走っていた足を緩める。

 足音を立てぬよう廊下を足早に進む。息を整えながら、心の高鳴りを抑えた。



「人払いは済ませてございます。警備は我らにお任せを」

「感謝する」

「もったいないお言葉、ありがたく頂戴いたします」



 忍び装束は着ていても、頭巾を被っていない上忍らしき忍者が、俺が寝室に使っている部屋の前に跪いていた。


 彼らは三成の配下だが、ちゃんと報いなければならない。

 彼らが望むなら、俺の直属にしてもいい。明日、三成に相談してみよう。



「フハハっ! 小早川秀秋、参上!」



 いよいよ、一週間ぶりのご対面。

 俺は障子戸に両手をかけ、音をスパーンと立てて、勢いよく左右に開いた。




 ******




「キャっ!?」



 期待通り、こちらに背を向けて座っていた雪が、身体全体を跳ねさせて驚いた。


 しかし、待って欲しい。

 本番はここからだ。驚くのは、まだ早い。



「フハハハハっ!」

「えっ!? ……ええっ!?」



 雪が反射的に振り向くのに合せて、俺は飛びついた。

 その勢いのまま、ギュッと抱きしめた雪と共に、床をゴロゴロと転がる。


 そこに布団が敷かれているのは、障子を開けた時に確認済みだ。

 この屋敷の侍女さんに、『帰ったらすぐ寝たいから、敷きっぱなしでいいよ』と言っておいて、本当によかった。



「うおおおおおおおおおっ!」



 これで準備は整った。

 俺は雪の胸に顔を埋め、猛烈に顔を左右に振った。


 だが、次の瞬間、気付いた。

 雪が好んで付けている落ち着いた香りの匂い袋とは違う。活発的な柑橘系の匂いだ、と。



「な、何よ……。わ、私のことなんて……。ど、どうでも良かったんじゃないの?」



 顔を上げると、雪ではなく、『元彼女』だった。

 漢字で『古満』と書き、『こま』と呼ぶ、小早川秀秋の奥さんだった。


 古満とは今日が初対面だが、法則『俺の顔見知りは脇役』は、またもや見事に的中した。

 実を言うと、古満の存在を知ったときから、予感はあった。


 なぜなら、古満は毛利輝元の養女であり、俺が高校卒業間近に告白された元『元彼女』の姓も『毛利』だったからだ。



「す、凄い汗、掻いちゃって……。そ、そんなに、私に会いたかったの?」

「えっ!? ……う、うん」

「で、でも、駄目よ! ……わ、私は許してないんだからね! だ、駄目ったら駄目よ!」



 意地っ張りなところも、そっくりと言うしかない。

 当時、女性経験が持っていなかった俺は、『元彼女』が強気に出ると、すごすごと引っ込んでいたが、今なら分かる。これは『ツンデレ』に他ならない。


 その証拠に、口では嫌がっていながら、目はちっとも嫌がっていない。

 古満は紅く染まった顔を背けているが、その期待に潤んだ目はこちらを向いていた。


 そもそも、本気で嫌なら、とっくに俺を突き飛ばしているはずだ。


 そして、大事なことは、俺と古満は公式的な夫婦という点に尽きる。

 つまり、あんなことや、そんなことをしても許されるのだ。


 雪には申し訳ないが、もう色々と限界だった。

 古満のツンデレぶりが、俺の心にキュンキュンと突き刺さった。



「古満あああああああああっ!」

「だ、駄目だってば! ま、まだ陽が高いでしょ! ……あぅっ!?」



 何と言うサービス精神でしょう。

 開け放っていた障子戸が、パタンと静かな音を立てて閉まった。

 きっと、あの上忍が閉めてくれたに違いない。俺は彼らに報いてやろうと誓った。




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