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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第四章 風雲、大阪城

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第24話 幽閉された俺と机の山




「はぁーーー……。」



 幾つものそろばんがパチパチと音を立てる。

 その音だけが満ちる大阪城の一室は、静寂に包まれていた。


 俺は筆に墨を含ませたが、沈黙を破るようにひと息つき、硯にそっと置いた。


 だが、誰も反応しない。

 皆、それぞれの書類に向かい、視線さえこちらに向けない。



「なあ……。三成?」

「話しかけないでください」



 たまらず部屋の主、三成に声をかけた。


 だが、返ってきたのは素っ気ない一言だけ。

 三成はそろばんを弾いて、筆を走らせ、やっぱり視線を上げようとはしなかった。



「もうさ……。もう一週間、家に帰っていないんだけど?」



 でも、俺はめげない。

 待遇改善は労働者の権利だ。横暴な経営者には、断固として立ち向かわなければならない。



「頑張ってください。私の計算では、あと五日で終わるはずです」



 しかし、聞くべきではなかった。俺は愕然と目を見開いた。


 机の上に積み上がった書類の山。

 まだ控えている仕事の量に、ただ絶望するしかなかった。


 大阪城に凱旋して楽しかったのは、凱旋した当日だけだった。


 翌日、淀の方に会いたくて、俺はスキップしながら登城した。

 その帰り道、三成が忙しそうにしているのを見かけて、ちょっと手を貸したのが運の尽きだった。


 つい陽が沈むまで、がっつり手を貸してしまい、そのまま大阪城に泊まることになった。


 翌朝、まだ空が白む頃に叩き起こされ、この部屋へ。

 俺専用の机が用意されており、その上には書類が山積みになっていた。


 その次の日も、そのまた次の日も、そのまたまた次の日も。


 そして、一週間目の今日に至る。



「……どうして、俺はここにいるの?」



 たまらず俺は遠い目で虚空を見つめた。


 いや、一週間も書類と格闘してきただけに、忙しい理由は分かっている。

 天下分け目の大戦が終わったばかりだ。その戦後処理が山のようにあるのは、当然のことだ。


 今では、豊臣秀頼と昼飯を食べながら、同席する淀の方をからかって楽しむ。その短いひとときだけが、俺のささやかな癒やし。


 朝早く起きて、陽が沈む頃にはもうくたくた。

 夕飯をうとうとしながらかき込み、布団に入れば、俺の感覚では一瞬後には朝が来ている。



「それは、秀秋様が『使える』と分かったからです。

 ことわざにも『立っている者は親でも使え』とあります」

「その評価は嬉しいけどさ。……休憩も大事だよ?

 一度、みんなで家に帰って、心も身体も心機一転! それが明日の頑張りに繋がるんだ!

 なあ、みんな! そうだろう! 今こそ、横暴な上司に立ち向かうときだ! 立ち上がれ!」



 こんな生活は、もう嫌だ。

 みんなだって、疲労が顔に出ているのは明らかだ。


 俺は机を両手でバンバンッと叩き、労働者の決起を皆に促した。


 すると、一人が吹き出し、その拍子に忍び笑いが広がった。

 緊張していた空気がふっと弛み、ついに三成が溜息をつきながら顔を上げた。



「今度はしつこいですね」

「頼む! この通りだ!」



 この機を逃してはならない。

 俺は強硬姿勢から一転し、勢いよく頭を下げ、額をぐりぐりと机に押し付けた。



「はぁ~~……。」



 その直後、またしても三成の溜息が聞こえた。

 こうなったら、部屋の真ん中で『やだ、やだ、やだ!』と叫びながら、仰向けで手足をばたばた。絵に描いたような駄々っ子をやってやる。


 奥歯をギリッと噛みしめ、突いている両手に力を込める。


 どうせなら派手にやろう。

 立ち上がる勢いをそのまま使い、机に逆立ちして部屋の真ん中へ飛び出す自分を頭の中で思い描いたその時だった。



「そんなに、奥方様に会いたいですか?」



 初めて、確かな手応えを感じた。

 昨日も今日も、何度訴えても鼻で笑うだけだった三成が、帰宅を暗に認める問いかけを返してきた。


 ならば、存分に思い知るが良い。

 俺の雪に対する想いを、熱く熱く語ってやる。



「会いたい! 今すぐ帰って、雪とチュッチュッしたい!」



 俺は伏せていた顔を勢いよく上げ、膝立ちになりながら身振り手振りを交えて、必死に訴えた。



「うん、分かる! 分かるよ! 

 疲れているのに、そんな元気がどこにあるんだって思うんだろ?」


「不思議だよね! 疲れて、疲れて、疲れているのに、そこだけは妙に元気! 

 ……って、ことがたまにあるだろ?

 今の俺がまさにそれだ! さっき、厠でどうしようかと、しばらく悩んだくらいだ!」



 みんなが俺から顔を背け、肩を思いっきり震わせてるが、そんなの関係ない。


 だって、俺は雪と一週間も会っていない。

 同じ大阪にいるのに、小早川家の屋敷は大阪城のすぐそばなのに、会えない。


 昨日、辛抱たまらなくなって、トイレに行くフリをして抜け出そうとしたら、忍者に見つかってしまった。

 誰もが思わず動きを止める笛の音と共に、『小早川様、脱走!』の叫び声が大阪城中に何度もこだました。


 もちろん、必死に逃げたが、忍者に勝てるはずがない。

 気づけば、この部屋に追い込まれ、俺の机の上には、逃げ出す前より書類が増えていた。


 おかげで、昨夜は一人残業だった。

 少しでも早く寝たかったので、この部屋で夕膳を一まとめにして湯漬けにし、かき込んでいるときなんて、涙がほろりと零れた。



「もう今夜は寝かさない! 絶対だ! 朝まで全力で頑張っちゃうよ!」


「ああっ!? 大丈夫! 安心して! 朝にはここへちゃんと帰って来るからさ!

 雪から幸せをもらって、元気百倍、小早川秀秋! 明日からバリバリ働いちゃうよーっ!」



 つまり、今の俺は絶対無敵。

 みんなに笑われるくらい屁でもない。そんなことより、雪に会いたかった。


 両腕を大きく広げ、拳をグッと握ってガッツポーズ。

 さらに俺の溢れる熱い思いを重ねようとした瞬間、三成が右掌を突き出して待ったをかけた。



「分かりました、分かりました。……仕方ないですね」

「おおっ!?」



 悪が栄えた試しなし。完全勝利だ。

 俺は立ち上がり、大股で机を跨ぐ。気持ちはすでに雪の元へ向かっていた。



「先ほど、秀秋様が厠に立ったとき、奥方様がいらっしゃいました」

「えっ!? そうなのっ!?」

「はい、秀秋様が泊まっている屋敷でお待ちいただいています」



 そこへ朗報が届いた。

 雪に会えるまでの時間がぐんと縮まり、俺の心は弾んだ。



「恩に着る! すぐに帰ってこれないけど……。

 いや、今日はもう帰ってこないけど、明日から全力で頑張るから!」



 居ても立っても居られなくなり、守れる自信がない約束を残して、部屋を駆け出てゆく。



「嘘は言ってませんよ。嘘は……。」



 背後で三成が何かをボソリと呟いたが、今の俺にはどうでもいいことだった。




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正妻…の方…
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