75
聡明な頭脳を持つ女王はそのことを即座に把握し、どうしても最悪の事態が思い浮かび拭いきれない。
「じゃあ、わたしを倒せる?」
美鈴が、ゆっくりとまぶたを開いた。
刹那、女王の本能が、目の前のそれから離れろと体を勝手に操っていた。
世界が改変される。
万物の法則が更新されていく。
時間は不平等に流れ始める。
すべてが、美鈴の想像通りに変更された。
「存在証明原本を書き換えたとでも言いますのッ!?」
女王が神をも存在が記された、すべての原点を見て驚愕した。
すべての始まりである神を創る為に作られたはずの原点が、記された存在証明が次々に書き換えられていく。神でさえ改変が許されなかった定義が、覆った。
驚愕を通り越して唖然となった女王の瞳が、恐怖に染まった。
「この世界は、ひとつの物語なのかもしれないよね?」
尋ねるように言いながらも、美鈴の声は確信していた。
「わたしは、どんなお話でも、一度知った物語からならどんなものでも呼び出せるんだよ」
かつんと美鈴の甲冑のかかとが鳴った。
はっと気付いたときには、そこはすでに日常を取り戻した街だった。いや、人だけは居なかった。誰も居ないが、そこは女王が破壊しつくした街そのものだ。
「それなら、わたしが”この世界を呼び出せ”ても、おかしくはないでしょう?」
今、美玲の中には、無数の世界があった。
シャルロットの命を使い、美玲は自分の中に、世界をひとつ作った。魔法使いは元より自分を世界から切り離し、閉じたひとつの世界だと自分を認識している。
美玲はその隔絶された世界の中で、もうひとつ世界を作った。
その世界には人が六十億人いた。ではその世界の人間を全て魔力に置き換えればどうなるか。そして次は六十億の世界を造り、全世界を魔力に置き換える。それを延々と繰り返せば、途端に彼女の魔力総量は、世界を構成するエネルギー量を凌駕する。
それが美玲の魔力の根元。
かつんとかかとがアスファルトに触れて鳴る。
そこはすでに日常があった。
街も人も、すべていつも通り。
ただ、人々の記憶には、女王に破壊された街も、殺される直前の記憶もあった。
「そ、そんな出鱈目、できるはず」
かつんと鳴り、美鈴の両となりにゆかと薫がふっと現れ、目を白黒させている。
「じゃあ、わたしを殺してみて」
表情のない美鈴がつぶやき、思い出したように女王が結界を張ろうとして、止まる。
「う、うそですわッ!」
何度試しても、結界どころか魔力すらも流れ出ない。”この世界”では、女王の魔力が呼び出せないのだ。そう改変した。
女王は改めて顔を恐怖に凍りつく。すでに美鈴の後ろには、シャルロットや美鈴の家のものが並んで、女王を見ていた。
「あなたは悪いことをしてきた」
だからといって、彼女が免罪されることはない。美鈴にはそのつもりは無い。
「あなたに何がわかるの!? 最初から全部あったくせに! 愛情を一身に受けてきた癖に、わたくしに偉そうなことが言えるの!?」
女王はヒステリックに叫び、その場にすとんと腰を抜かして座り込んだ。おそらく、経験したことがない恐怖に直面して混乱しているのだろう。
1万年も貼り付けてきた、強固な仮面がはがれ落ちた瞬間だ。見た目相応の少女のように泣きじゃくった。
「いや、いやよ! どうして!? わたくし、お父様もお母様もいなかったの! ずっとひとりぼっちで、評議会の通りのままにしてきただけなのよッ!?」
生まれ落とされ、傀儡のように言い操られていたのは事実だ。彼女は何も教えられず、ただ力の権化として魔法を磨き、その圧倒的な魔力で幾多の世界を押しつぶして征服してきた。
その絶対の存在であり、彼女の存在意義でもあった魔力が、今の彼女にはまったく作り出せない。一万年の間彼女を支えてきた唯一の存在がなくなった今、一瞬にして茨の女帝は瓦解していく。
かつんという、美鈴が近づく音がするたびに、肩を大きく揺らして少しでも這って逃れようとする。純白の手袋をした手で、濡れてぐしゃぐしゃになった顔を覆って、小さく震えた。
「それでも、あなたは許されない。沢山の人を殺して、傷つけてきたのは、本当なんだから」
静かに言い、美鈴はあと二歩まで近づいた女王に刃を向けようとした。
「それじゃあよ」




