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 突然の声に、恐怖に歪んだ女王は戸惑った。


 満身創痍の宗孝が、前に出てきて、美鈴の剣を持つ手を押さえた。


「俺が、一緒にいてやるよ。おまえさんも、俺の可愛い孫娘だしなぁ」


 愛刀を杖にした宗孝は女王の隣にしゃがみ、いつものように柔和な笑みを浮かべて彼女の頭を撫でた。


「ムネタカお祖父様……?」


 泣きじゃくり不思議そうに顔を上げた女王は、年端も行かない少女だった。狂気の仮面が砕かれた素顔だった。


「おまえさんはよ。踏み込んじゃ行けねぇとこまで行っちまった。それなりに罰も受けにゃならねぇ。それはわかるな?」


 こくりと小さく頷く。


「いい子だ。でもよ、おまえさんも、俺の孫娘だしよ。一緒に、お叱り受けようや。な?」


 目を見開き、信じられないという顔で宗孝を見上げた。


 そして宗孝は一度厳しい顔を作り、ふっと振り返った。そこには彼の部下で、家に仕えているもの達が複雑な顔で立ち尽くしていた。


「大岡! 聞こえるかッ!?」


「はい!」


 いつもとなにも変わらない大岡が、背筋を伸ばした。


「わりぃが、俺は孫と一緒に近所まで頭下げてくるからよ。戻ってくるまで、家の事を任せるぜ。少しばっかり遅くなるかもしらねぇから、そしたら美玲に家の鍵を渡してやってくれねぇか?」


 言葉の意味を察したのか、大岡は細い目をいっぱいに開いた。そして膝を付いて、深々と頭を下げた。

「お任せください! 必ず、お留守お守りしてみせます!」


「それじゃあ、そろそろいってくるかな」


 掛け声を共に立ち上がり、座り込んでいた女王の手を掴んで立たせる。


 事態を把握した美玲は、顔を青ざめさせて駆け寄ろうとして、人生で二度目の祖父の叱責をもらった。


「おまえさんは、おねぇちゃんだろうが。あんまり、妹の前でわがままいうなよ、な? それにちょいと近所まで頭下げて来るだけだからよ。そんな顔すんじゃねぇやい」


 美鈴は泣きそうな顔を俯かせた。


「今生の別れじゃぁ、ねえんだからよ」


 柔和な笑みを浮かべた宗孝は、すこしだけ手を伸ばして美鈴の頬を軽く撫でるように、雫をふき取る。


「すぐ、戻るからよ。しゃんとしてんだぜ」


 言われて、美鈴は小さく頷く。


「よし。それじゃあ、行ってくる。ほら、お姉ちゃんに、ちゃんと挨拶しな」


 とんと女王の背中を押しやりると、赤面した彼女は小さく頭を下げた。悄然としたしぐさは、確かに美鈴よりも幼い印象を受ける。


「まあ、そういうこった。じゃあ、行くか」


 また小さく女王、美鈴の妹、愛子あやしは頷いて、小さく美鈴を見た。


「お、お姉さま、少しだけ、お許しを……」


 畏怖が拭えないのだろう。小さく震える声で美鈴に魔力を返してくれるように願いを請う。


「うん……」


 わずかに美鈴は後ろを向いて、シャルロットの顔を見た。視線に気付いたシャルロットは前に出て、愛子の前に出る。


「ぼくには、何も力がない。だから、あなたを断罪することも、復讐する事も叶わない。それでも、今のぼくと同じ立場の人は、いくらでもいることを忘れないでください」


 複雑な思いを語ることは出来ない。目前で殺された家族や仲間のこと、助けてくれた人々のことを考えれば、今すぐにでも殺したいのが心情だろう。しかし、それをしてどうなるというのだろうか。おそらく、三桂評議会や女王という絶対的な支配者を失った数千の世界すべてで暴動が起きる。それは想像を絶する被害を生み、その殆どの世界で文明が滅ぶだろう。


 帝国という存在は、膨大な犠牲を基に八百兆の人を束ね、無数の世界を安寧に導いたことに違いはないのだ。


 その事実だけは、憎もうが敬おうが変わらないのだ。ならば、束ねた人々をよりよい方向へ導くことこそが、茨の女帝と恐れられた彼女の使命なのだろう。ここで、死ぬことではないはずだ。


「わかり、ました……」


 今の愛子には、魔力を錬れるだけでも恐怖の対象なのだろう。今まで虫ほどにも思っていなかった相手に恐怖して、萎縮する。


「それじゃあ、いくよ」


 戻ってきた魔力に、愛子はほっと胸をなでおろし、それでも背後の絶対的恐怖に震えながら、世界を行き来する門を呼び出した。


 荘厳にして贅を凝らした巨大な門は、そこに在って無い存在。わずかにかすんで向こう側が透けている。そしてそのデザインは、美鈴の家の離れにあった、事故の原因になったものによく似ていた。


 ゆっくりと開いていく門。並んだ少女と老人。


「それじゃ、いってくらぁ」


 後ろ手を振り、宗孝は愛子の肩に手を置いて、その向こう側へと消えていった。


 それを、美鈴はいつまでも見送っていた。


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