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「ミレイ!」
恐怖に縛られたシャルロットは、それでも仲間の下へと駆け寄る。
「極致たるわたくしに向け、刃を向けるなんて。ああ、なんて愚か。あなたは全能なる神の親に、敵意を向いて刃を向けるというのかしら。それがどれほど悲しく、哀れで、愚かなことか、あなたは分かっていて?」
悲憤するようにわが身を語る者は滑稽だろうが、しかし今そう語る者は、八百兆人の頂点たるディ・ビズィット・フォン・マイナー・ヴェルト=茨の女帝、その人だ。その傲慢も許されるただひとりの人間である。
「まだ立ち向かうというのかしら?」
嘆きの声を向けられた美鈴は、虚無に近い静寂を伴い屹然と佇み、手の剣を女王に向けた。
「そんなの、どうでもいいよ。あなたが王女さまでも、神様でも、わたしから大切な人を奪ったなら、傷つけたなら、わたしがあなたを倒すだけだから」
それが神の前の驕りだと罵られようと、彼女は胸に誓いの名を刻んでいた。
誓いは、すべての創造主に決別し、挑むものにこそふさわしい。
なぜなら絶対の摂理に挑んだ魔法学者が生み出した仕組みだからだ。ならば神を使役する者が敵として立つ時にこそふさわしい。
滔々と溢れる美鈴の魔力量は、もはや人の器に収まるものではない。しかしそれは女王とて同じ。二人の魔力は空間にまであふれ出し、ぶつかり合い小さな黄金の雷を無数に発生させている。そんな現象、シャルロットは見たことがない。
ぞくりと背筋を振るわせたシャルロットの体を、ぐいと横に押しやり、美鈴は前に踏み出す。その瞬間、美鈴の魔力が急速に圧縮する。百万分の一まで濃縮され、その分女王の魔力が一気に押し寄せた。
「ミレイ!」
シャルロットが叫んだ瞬間、美鈴の魔力の女王に触れ合った箇所だけが一気に爆発。
一瞬女王の魔力が吹く飛ばされ、分厚い魔力の城壁に穴が開く。その穴に、まだ残っている魔力の一部を燃焼させ、美鈴の体を弾丸にして飛び出させた。
刹那で彼我を詰めた美鈴は、その運動エネルギーをそのまま女王に叩きつける。
「因果糸を掻い摘んで切断するのね。なんて、恐ろしい」
女王は小さな扇でその一撃を止めていた。ぎりぎりと火花を散らした双方だが、次の瞬間女王の魔力の壁に美鈴は押し返された。
剣を構えなおした美鈴。対峙する女王は開いた扇で、上品に口元を隠して笑う。
「驚くことはなくてよ。わたくしには、すべてがありますの。この、『存在証明原本』が」
女王の手に一冊の古びた大きな本が顕現した。簡素な装丁のその本の表紙には、魔法に用いる言葉でも、美鈴の居る世界の言葉でもない言語で何かが書かれていた。
「ここに書かれていることがすべて。神の存在も、そう、あなたのことも。すべてここには記載されていますわ。ここに書かれている限り、小さな断章に過ぎないこの世界でなにをしようと、いくらでも、何回でも修正ができますのよ」
世界を記す。すなわちすべての因果の根源が、その本だ。そんな神の航路図じみたものがあるのなら、果たして勝機はあるのだろうか。
今まで何をしても届きすらしなかった手。その理由を知ったシャルロットは崩れ落ちて、涙した。
「じゃあ、ぼくたちはなんのためにッ!?」
すべての犠牲がムダだったと知ったその時、どう足掻けど彼女の肌にひとつの傷すら付けられない事実を突きつけられて、絶望しないものはいるのだろうか。
いや、居た。
神の摂理を超えようと挑むものこそが、魔法使いだ。ここにはいる。真性の神に挑むものが。
「いいよ。武器は、いくらでもある」
美鈴の周囲に、無数の武器が顕現した。
彼女こそ、もうひとつの世界。絶望しかない現実から人々が生み出した、物語を無数に収めた、世界の保管庫だ。
その彼女の中には、絶望しかない世界なんて、何度でも終わらせることが出来る道具なていくらでもある。
「まだ挑むと言うのね……」
「いくらでも。あなたを倒すまで」
幾千幾億繰り返してでも、彼女は抗う。報復の痛みを分かつまで。
「よぉく言った! それでこそ俺の孫だ!」
閃光が奔った。




