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ドアを開けた瞬間に、広がる濃密な魔力。
相応な力のある美鈴ですら、一瞬気圧される圧力。
隣にいたシャルロットは、一瞬だけ意識を失った。繋いだ手から叩き込まれた美鈴の魔力のカツが無ければそのまま倒れていただろう。
「貴女が、女王さま?」
美鈴の誰何に、かの者は大仰にうなずいた。
今まで通り抜けた部屋も広大だったが、その部屋は別格だった。
いうなれば部屋というよりも、巨大なスポーツ観戦場だった。
その冗談のように広い部屋は真紅の宝飾が隙間なく散りばめられている。
そして部屋の中央。小山のようになった一角は、彼女の為の玉座である。
「いかにも。わたくしこそ神聖アルマニア帝国、第百九十三代皇帝ディ・ビズィット・フォン・マイナー・ヴェルト=茨の女帝ですわ」
数多の世界。数多の星、国家を飲み込み、八百兆の人の頂点に君臨する覇者。
神聖アルマニア帝国の覇を一万年の悠久の間轟かせ続けた、真正の王者。
しかしそれは美鈴にとっては関係のない事だった。
「貴女はどうして、こんなひどい事ができるの?」
「ひどい? とは? わたくしには、わからないですわ」
はてと、御簾の向こうで小首を傾げるような気配が伝わってくる。
「貴女は、たくさん人を殺した。傷つけた。それはいけない事だって、わからないの?」
「力ないものに、生きる資格なんてないのですわ」
決然とした声で、その人物は言い放つ。その周囲には無数の結界が幾何学的に並び、あたかも物語の中の魔法使いま用いるような円陣に見えた。
「茨の女帝……」
目を見開いてつぶやいたシャルロットは、もはや腰が砕けることすらできないほどの恐怖に、全身を緊縛された。
気品と色気を伴った女傑は、しかしどこまでも傲慢で、貪欲に世界をむさぼりつくす。
無限に伸びていく時間と並行する彼女こそが、あらゆる世界を支配した八百兆人の頂点。絶対的な支配権を持つ帝国の女王。彼女の前では、いかなる神話の神すらもひれ伏した。
圧倒的すぎる威厳の前に、シャルロットの全身は壊れた機械のように震えていたが、ぱたりと止んだ。
だが女王を前にしても、美鈴は揺るがない。
漣すら立たない湖畔のようにただ静かに、数十メートル以上離れた女傑を見据えていた。
大量の花びらを散らしたような豪奢なドレスとつばの広い帽子は、純白と深紅、暗黒をそれぞれ垂らして配色をされ、眼球を通して痛烈に彼女を印象付けさせる。そして顔の上半分だけを覆った黄金の仮面には、毒華に集まる極彩色の蝶の彫刻が施されていた。
しかし極上のドレスを着てなお、茨の女帝と八百兆の人々に恐れれる彼女は、傲然とした存在感を世界に上書きする。
「わたくしは、とても悲しいですわ」
仮面に隠された顔を悄然とさせて、女王は肩を落として、さめざめと仮面の上に手を当てた。
「わたくしの前に、立つものがいまだに居ることが、とても悲しいですわ。わたくしにひれ伏さない愚劣な人間が、いえ、生物が居ることが、わたくしはとても悲しいですわ」
どっと音が、全身を強く打つ音が聞こえた。突然の体が十倍以上も重たくなり、シャルロットはその場でつぶれるように倒れて床にはいつくばった。
内臓といわず、全身が押しつぶされる。明らかな魔法攻撃だ。その攻撃が突如止み、怪訝に顔を上げると、そこには凛と立つ美鈴の背中があった。
「どこまで、悲しい人なのでしょうか」
美鈴はぐっと踏み込み、手に持った剣を振り上げ、殺すべき相手へ照準をつける。
「ああ、なんておぞましい」
嘆きの声を上げる女王。そして肉薄する美鈴を、ひと睨みした。
刹那、シャルロットの横を美鈴の体が吹き飛んで通過し、鏡の間の一番奥の壁に叩きつけられた。衝撃で半数の鏡が割れて散った。




