61
一瞬で見えなくなった、薫の戦いを、心配そうに見つめるシャルロット。
「大丈夫。薫は、絶対負けないから」
ゆかが震える異世界の少女を抱きしめた。
「それより、到着」
神の頭上に巨大な神殿があった。
壮大で、絢爛豪華。この世のあらゆる贅を尽くしても、これほどのものは建造できないであろう。まさしく神の居城というに相応しい。
「みーちゃん。盾出して。突破する!」
「わかった!」
ゆかの前に盾を並べて出現させたその時、神殿に突撃した。窓を叩き割り、神殿へと突っ込む。
やはりというか、当然的に宮殿の中は絢爛豪華を極めていた。
学校の校舎がそのまま入るほど巨大なその広間。壁は鏡と色ガラスの精緻すぎるコントラストに照らされ、床には一体どれだけの手間をかければ作れるのか貝や象牙あらゆる宝材でモザイクが描かれている。目につく全ての部位には栄華を讃えるように金銀の装飾がはめ込まれ、天井には太陽に勝るとも劣らない光り輝くシャンデリアが吊るされていた。
「無礼を通り過ぎて、驚嘆してしまいますね」
そこにもう一人の”歴史”が佇んでいた。
薔薇侯爵が額に手を当て、美鈴たちを見下していた。
古代アルマニア式魔法の考案者にして、帝国三桂評議会の第二席。
帝国の意思決定機関の重要人物が、広間の中央で侵入者を待ち構えていた。
「疾く、今すぐに、魂魄を我らが女皇帝に還すのなら、死ぬ事を許しましょう」
秀麗な顔を侮蔑にひそめ、魔法陣を浮かび上がらせた。
「薔薇侯爵……」
アッガレッシオンとの初戦で対面した存在が、今目の前にいた。
真紅の薔薇の花弁を思わせる、豪奢な法衣をまとったその存在。
万年の時を歩む、帝国の頭脳。帝国の支配力の基盤を作った存在。
「神に挑め。運命を飛び越えろ。あらゆる不条理に抗い、己の正義を掴み取れ」
ゆかは誰に言うでもなくつぶやくと、首に下げていた小さなペンダントをちぎる。
「帝国だなんだって、アタシは知らない。それでもアンタらは許しておけない。アタシが戦う理由は、それで十二分にすぎる」
十字のペンダントは、床に落ちて跳ねた。
運命に悲嘆し、ただ祈るだけだった毎日。
どうか、どうかと誰にも知られず祈っていだけの日々。
それは、今日で終わる。
神に祈りは届かない。
神への祈りは、必要ない。
願いがあるのなら、自分の手でつかみ取るほかない。
「行って。こいつはの相手は、アタシだけで十分」
「……絶対、”またね”」
不安で押しつぶされそうな顔をした美鈴とシャルロットが歩き出した。
「無礼ですよ」
それを当然見過ごすわけもない薔薇侯爵だったが、その間にゆかが立ちはだかる。
「テメェの相手は、アタシだ」
発露した薔薇侯爵の懲罰の雷を、ゆかは手に持った突撃槍のひと凪で払う。
ゆかは、男性に対し、深層的な嫌悪を持っていた。
大好きだった母。環境によって辛辣に扱われていても気丈に振る舞う母を心の底から尊敬し愛していた。
それでも己のためだけでないがしろにし、辛く当たる父。それを助長する祖父や親類。
いつしか強かった母も心がやつれて、折れた。壊れてしまった母を見捨てた父。それを当然と言い張った祖父。そなん彼らを取り巻く男尊女卑の取り巻きたち。
地位や権力を求める男性に対し、より強く嫌悪を抱くようになっていた。
「テメェはアタシの大嫌いな部類の人間みたいだし。容赦なくいくぞ」
「雑種の一匹。何を言うかと思えば」
二人は走って行った。この部屋にはゆかと薔薇侯爵だけが残っている。全力を出しきっていいだろう。




