持ち株制度とアポカリプス
「……聞いてなかったのかしら?持ち株制度よ。あなたはどう思うの?」
「ぼ……僕は……」
ただでさえ女性と話したこともない。
しかも、その上で訳のわからない質問。
そんなの、俺の頭じゃ……いや、誰だって処理できないに決まってる。
だが、ここで俺が分からないと言えば、女性の前で恥をかくことになる。
そうなれば……。
——「あいつ、持ち株制度も何も知らないのよ?」
——「えー。きもっ」
——「ただ声がでかいだけなのね」
だめだ。
俺の社会人人生が終焉を迎える。
俺は顎に手を当て、この終焉を回避する術を探っていた。
——「俺さ!積み立てNASAやってんだよね。だから詳しく話せるよ」
前の席に座る男の声が聞こえてきた。
そうか!
聞き耳を立てればいいんだ。
「どうしたのかしら?急に前の席ばかり見つめて」
隣の女性は怪訝そうに俺を見ている。
だが、そんなの関係ない。
俺は、アポカリプスから逃れるため、顎に手を当て続け、どうにか時間を稼ぐ。
——「あっ、私も!ナーサだよね!やってるよ。年金だけじゃあ将来不安だもんね。それに加えて持ち株制度も使って安くうちの株を買って長期保有すれば更に安心だもんね」
——「長期目線で見ればほぼ確実にプラスになるしな」
くそっ。
こいつら。
前置きが長すぎるだろ。
「いい加減、答えてくれないかしら?」
ギロリと隣の女性が睨みつけてきた。
「……はいっ!わからないです」
即答だった。
俺のチワワみたいな声が女性の耳に到達すると、腕を組み、眼鏡をクイっと引き上げた。
「……」
この沈黙……。
これから、この女は俺をどうなぶり殺そうか考えているに違いない。
「あなた……」
女はぐいっと俺の目の前まで顔を寄せた。
冷徹な眼差しが俺の瞳から熱を奪ってゆく。
俺の心の希望が吸い取られていくようだ。
俺は諦めるようにして、次の言葉を待っていた。
やがて、女はゆっくりと口を開く。
「面白い。正解よ——」
「な……何が、ですか……?」
「とぼけなくてもいいわ。そもそも、投資なんてのは将来不確定。将来を豊かにする保証なんてどこにもないわ。それなのに、過去のデータだけを元に、『みんなやっているから』の一点張りでろくに詳しく知りもしないのに、知った気で語る。そういう人間を、私は最も愚かだと思っているわ」
おい……おいおいおい。
なんだこの女。
急にめちゃくちゃ話し始めるじゃないか。
「持ち株制度なんて。クズのすることよ。従業員に安く買わせて、総会では役員に楯突かせず、イエスだけを唱える奴隷集めの材料でしかないわ。そんなのに踊らされる三流とは、私は話したくない……」
しかも、早口だ。
何を言ってるのかさっぱりだ。
「でも、ここは会社。だから、攻撃的な発言はすべきではないわ。かと言って同調圧力に屈せば、前席の人たちのように浅はかな見解に辿り着くわ。だから、あなたの『わからない』という回答は百点満点よ」
女は冷徹な表情を緩め、微笑んだ。
「あなた、名前は?」
「えっ……す、鈴木裕翔です」
「そう。鈴木君ね。私は間宮よ。あなたとは仲良くなれそうだわ……」
なんだかよく分からないが、俺はこの女と仲良くなれたらしい。
きっと、さっきの話も、俺と仲良くなれる理由について語ってくれたんだろう。
ジリリリッ!
突然、ベルが鳴る。
——「はーい。グループワーク終わりです!」
正社員が手を挙げながらそう言った。
え?
なんのグループワークが終わったんだ?




