持ち株制度
入社式は幕を閉じた。
「お疲れさん!ユウ!」
遠のく意識を引き戻すようにして出喜流の声が響く。
「あ……ああ」
「ユウ。めっちゃ頭いいんだな!俺も見習わなくっちゃ」
出喜流は笑顔を見せた。
その笑顔を見て確信した。
よかった……俺は……。
——みんなを守れたんだ。
横を過ぎてゆく新卒たちの笑顔が見えた。
誰も知らない俺の物語。
俺の人知れない新卒たちの救出劇は、幕を閉じたんだ……。
「出喜流さん……。ぼくたち、やりましたね」
「うん?ああ、よくわからんけどそうだな!この調子で次の研修も頑張ろうぜ!」
「え——?」
な、なに……?
そんな……嘘だろ……。
「たしか、持ち株制度の説明で、その次に福利厚生と……」
これで終わり、じゃない……?
——絶望はまだ、序章に過ぎなかったのだ。
「なあ、ユウ。次も俺と一緒に前の席に座ろう!」
俺はなんとか生還した。
だが、次も助かるとは限らない。
俺でさえそうなんだ。
出喜流。お前は、本当にすごいやつだ。
屈託のない笑みを見せ、俺を心配させまいとしている。
だが、俺はもう限界だ。
「……ぼ、僕……」
断ろうとした時だった。
「どうした?ユウ?」
『ユウ』
俺の名前を呼ぶ声がやけに響く。
俺はこれまで飯田としか呼ばれてなかった。
俺を『ユウ』なんて呼んだ人は、出喜流が初めてだった。
その時。
脳内に、ひとつの活路が開けた。
なんだよ。
答えなら初めから決まってたろ。
「ぼ、僕……今度は後ろの席に座りたい……です」
そうだよ。
これでいいんだ。
こんな簡単なこと、どうして今まで思いつかなかったんだろうか。
「え?ユウ、どうした急に?」
「……」
お願いだッ!
出喜流!お前も気づいてくれ。
俺は、出喜流と目を合わせた。
「……いや、そういうことか!」
出喜流は閃いたように手を叩く。
「次の研修はプロジェクターでやるって説明されてたもんな!その方が見やすいし、やっぱりユウは天才だな!」
祈りは通じた。
来た道を遡り、別棟の収容所へ入り、階段を登ると研修室へ辿り着いた。
扉前の掲示板にはこう記載されていた。
——持ち株制度について——
これが、次の試練か……。
扉を開けた先には、狭苦しい部屋に椅子と机が並んでいた。
無機質な白の光。
陽光を遮るカーテン。
まるで、牢獄だな。
俺は真っ先に、一番後ろの席に座った。
プロジェクターのレンズは、虚ろな目のように白い幕をじっと見つめていた。
映画を楽しんでいるわけでもない。
ただ、白い幕だけを見続けている。
俺は軽く戦慄した。
これが、この部屋に染まった機械の末路……。
「よし。全員揃いましたね。では、これから持ち株制度についてお話ししますね」
身構えている余裕はなかった。
すでに、教壇前には社員が座っていたのだ。
社員が話し出すと、奴隷のようにプロジェクターは光を吐き出す。
白い幕の上には『持ち株制度について』と文字が薄く表示された。
社員の説明が始まった。
「ええと、持ち株制度とは……」
これ以上の言葉は覚えられなかった。
ただ、白い幕には右肩上がりの棒グラフがあったことだけは覚えている。だが、それが何を意味しているのかは理解不能だった。
「それでは、みなさん!ここで、グループワークをしてみましょう!先ほど学んだ持ち株制度について、近くの二人組を作って、見解を共有してください!」
突然、社員は告げた。
「出喜流——」
俺が速攻で呼ぼうとしたところ、出喜流は一個前の席の人と組んでいた。
まずいっ。
遅れをとった。
この俺が!?
モタモタしていると死ぬぞッ!?
急いで探さないとッ!
あたふたしているうちにも次々と周りはグループを組まれてゆく。
まるで、密室に水が溜まってゆくように、俺の死期は迫る。
「えー、隣に人がいない時は、別の席の人と組んでください」
社員はここで、新たなルールを追加した。
——隣に人がいなければ別の人と組まなくてはならない——
「もし、それでもペアができなければ俺とペアでやります」
なにっ!?
ここに来てさらに追加ルールだと!?
——ペアが成立しなければ、社員と組むこととする——
重大ルールを隠していやがったか!
あたふたしている間にも、ペアは組まれてゆく。
俺はッ……俺はッ!
だめだ。誰か、誰かっ!助けてくれッ!!
あたふたと席の近くをうろつく。
その時、一寸の光が見えた。
そこには、一人の人がいた。
艶のある黒い長髪に眼鏡をかけた女の人だった。
椅子取りゲームの席を取るようにして、俺はその人の隣に座った。
「ペ、ペアになってくださいっ!」
「え?ああ。いいよ。君、声でかいね?」
女性は眠たそうな声でそう言った。
よし。
九死に一生を得た。
首元まで浸かった水が抜けていくような心地だった。
「ところで君……」
その女性は大きな瞳に俺を映し、
「持ち株制度について、どう思う?」
持ち株……制度?
なんのことだ?
そんな話してたか?
ペアを作れとしか言われてなかったが?
「持ち株制度?」




