座席と献身
薔薇なんて嫌いだ。
「ユウ、自由席みたいだけどどこ座る?」
感傷に浸っているところへ出喜流の声がした。
「え?」
「おお。だから、自由席!俺的には一番前の席が空いてるから座ろうかなってよ!」
そうか。
どうぞ座ってください。
俺はこの短い間になんとかして結論を出したさ。
俺は一番後ろではなく、真ん中に座る。
なぜなら真ん中は刺客が来づらい。
だから、注意をされづらいはずだ。
極めつけは、質問を投げかけられる際だ。
単純に指名しづらい。
最悪俺を指されたとしても気づかないふりができる。
これが俺の出した結論。
薔薇が俺を欺くならば俺は歯向かってやる。
「それでよ!ユウも一緒にどうだ?」
「は、はい?」
なんてことだ。
とんでもない刺客が隣にいたもんだ。
想定外だ。
『誘われる』という異常事態は考えきれてなかった。
「ほら、見てみろよ。あの壇上の前、ちょうど二席空いてるじゃん」
違うぞ出喜流。
あれは空いてるんじゃない。
空けているんだ。
あれは罠だ。
座っちゃいけない。
座れば最後。偉い人からの質問攻めが待ちわびているんだ。
「で……で、でも、出喜流さんっ!そんなことしたらっ!」
俺だけじゃない。
出喜流だって犠牲になってしまう。
どうにかして救わなくては!
「ごめん。ユウ。もしかして嫌だった?」
出喜流の声は小さかった。
吐く息は空中を漂う埃を撫でるようだった。
「……」
拳を握りしめる。
出喜流……。
まったく、お前ってやつは。
お人好しもすぎるぞ。
俺たちが数百人の新卒たちの思いを背負い、犠牲となる。
ふっ。
まあ、そう思えば悪くないな。
「いや。座りましょう!俺……僕たちがみんなの思いを背負ってやりましょう!」
そう答えると出喜流は目を輝かせた。
「ユウ……その志!最高だよ!俺も、いち早く役員たちに目をつけてもらって出世するんだ!」
うん?
目をつけてもらう?
まあいいか。
俺たちは一番前に着席した。
無機質な壇上は、松脂で塗り固められ不気味に輝きを放つ。
荘厳な花束が両隣に添えてある。
立て札に添えられた手漉き半紙には、おどろおどろしい字で『やりがいが全てである』と真っ黒な血を滲ませる。
ここが、俺のグランドフィナーレ。
いや……。
まだだ。
まだ、何かあるはずだ。
誰もが犠牲にならずに済む方法が!
——ぽちゃん
後ろの席に座る新卒がペットボトルの蓋を開けた。
そうか。
閃いたぞ!
俺はスーツケースの中に手を突っ込んだ。
「ど、どうしたユウ?」
「き、緊張で喉が渇いてしまって!」
ここぞとばかりにスーツケースに入れていたペットボトルを取り出し、一気飲みする。
そうさ。
まだ、戦略は残っている。
誰も、犠牲にならない唯一の方法が!
「出喜流さん!どうぞっ!」
俺は出喜流にペットボトルを渡す。
「いや、いいよ。トイレが近くなるからな」
な、何を言う?
それが、それこそが狙いだと言うのに。
いや、違う。
この出喜流の瞳。
憧憬に輝く瞳だ。
そこに、不安も、悩みすらもない。
いとわないと言うのだ。
数百人のために犠牲となるのならば。
くそっ。
俺は、俺はなんて情けないんだ……。
せっかく、社会人になったと言うのに、これじゃあ学生と何一つ変わらない。
大人になれ。
「……ごめん。出喜流。始まる前に俺、トイレに行ってくるよ……」
喉から声を振り絞った。
「だからさ。荷物、見ていてほしいんだ」
「おう!行っトイレ!なんてなっ!」
出喜流は眩しい笑みを見せてくれた。
俺は、初めて、出喜流と対等に会話できた気がした。
トイレへと繋がる扉は眩しく輝いて見えた。
トイレへ駆け込んで用を足した。
鏡に映る自分を見ていた。
——ああ。異世界転生できないかな。




