薔薇に満ちた入社式への道
「よ、よろしくお願いします……出喜流さんっ!」
「おう!」
急いで靴紐を靴の中に丸めて入れ、ホック式のネクタイを締め直す。
そして、先を行く出喜流の後を追う。
——俺は入社式へと進み出す。
「なあユウ。どうしてこの会社に入社しようとしたの?」
おいおい。
まるで抜き打ち面接だな。
難解な質問だ。
脳内会議を行うしかない。
——そんなの決まってる。
——地元でも全国でも有名な会社なんだ。
——こんなにも尊い仕事は他には絶対ない。
——それ以外に理由なんてない。
「……あ、えっと。その、休みが多いからですっ!」
「へ、へぇ……まあ、うち休みは多いもんな」
「そ、そういう出喜流さんは?」
「俺?俺は、この日本中のインフラを支える工業製品に魅力を感じたんだ。こう、根っこから人々を支えるって感じでさ、縁の下の力持ちっぽくってカッコよくてさ。しかもこの会社、海外展開も——」
インフラ?
海外展開?
うちの会社、そんなこともやってたのか。
ふっ。
ますます、俺に求めるハードルを上げてきやがるな。
面白い。
これ以上の会話は難しすぎて何を言ってるのかわからなかった。
とりあえず、すごいことはよくわかった。
やがて、低い背の家たちを手中に収めるように構える豆腐みたいな建物が見えてきた。
——あそこが本社だ。
ゾロゾロとスーツ姿の若い男女が見えてくる。
全員、俺と同じ新卒のにおいがする。
みんな、同じ場所へ向かっている。
少し進むと、本社の入り口前に立つ正社員が見えてきた。
「おはざいますっ!!」
「おはようございますっ!」
「おはようございます!」
「おはようございます」
これにいったいなんの意味があるのか。
中へ入る許可を取るようにして、でかい声で挨拶をしている。
だが、甘い。
早朝なこともあって声のコンディションが悪いようだな。
こんなのじゃBK世代として舐められてしまう。
ここは俺が手本を……。
入り口前。
先を行く新卒たちが通過儀礼挨拶を済ませてゆく。
「ユウ、どうしたの?そわそわして」
うるさい。
今は神経が尖ってるから話しかけないでくれ。
これは、この会社の正社員として認められるための神聖な通過儀礼なんだ。
「……だ、だ、大丈夫だよっ!」
「そ?ならいいけどな」
いよいよ、俺たちがこのゲートを掻い潜る時。
「おはようございますっ!!」
この日一番の透き通るような大きな声が響き渡る。
一瞬、新卒はおろか、あの正社員すらもその男に視線を集めた。
出喜流だった。
……な、なんて声だ。
思わず萎縮してしまった。
あまりの声に俺は、挨拶を忘れて本社へ入ってしまった。
どうにか挽回せねば!
俺は通過儀礼すらもできないまま、薔薇のアーチの先へと進まされている。
引き返そうにも、他の新卒たちが俺を前へ押し出す。
道中、血眼になって挨拶できそうな正社員を探すも、どこにもいない。
どうなってるんだ。
あの一回きりで終わりなんてあまりにも残酷すぎるだろう。
「どうした?ユウ、そんなに必死になって」
「……え、あ、いや。その、さっき挨拶できなくって」
「おお!やっぱユウはめっちゃ真面目だな!」
出喜流はそう言って俺の肩を組む。
「まあ大丈夫だろ。ユウも考えてみろよ?これだけ新人がいれば誰が誰かなんて覚えてないだろう」
脳内に電流が走った。
——そ、そうだ。
——これだけ人数がいるんだ。
——俺は出喜流の名前すらも覚えるのに苦労したんだ。
なら大丈夫だろう。
「た、たしかにそうですね……」
ほっと一息をついた。
落ち着いてアーチに咲く薔薇を眺めていると、まるで俺たちの入社を花が祝っているようだった。
薔薇のアーチが続く一本道を進んだ先には扉があった。
その横には『入社式会場』と筆で書かれていた。
この先が……。
俺たちは扉を掻い潜った。
な、なんてことだ。
ここに来て最大の予想だにしない事態に見舞われてしまった。
ここに来てもまだ、俺を試そうというのか。
薔薇には棘があった。
油断した俺を最初から刺すつもりだったのだ。
な、なんて数の椅子だ……。
だめだ。
俺は、俺は。
——どこに座ればいいんだ。




