第17話 神社で再会した彼から届いたメッセージに、私はもう一度恋をした
窓の外では、蝉の声が少しずつ大きくなっていた。
返信を待ちながら、コーヒーを淹れる。
いつもより、少しだけ丁寧に。
心の奥に、小さな灯がともっていた。
たとえ世界がどうあっても、彼女だけはどこかで見ていてくれる気がする。
根拠なんてない。
でも、それだけでいい。
夢の中で守れなかった人に、今度こそ。
その想いだけを胸に、僕はゆっくりと立ち上がった。
【葉山つむぎ視点】
七月の朝、寝室には薄いカーテン越しに柔らかな光が差し込んでいた。
窓の外では、蝉が鳴き始めている。
昨夜の雨に濡れた街は、まだ少しだけ湿った空気をまとっていた。
静かな部屋に、枕元のスマートフォンが震える。
その音に、私はゆっくりと目を覚ます。
夢と現実の境界が、まだ溶けたままだった。
遠い雨音。風に揺れる風鈴の音。優しく名前を呼ぶ声。
(……また、あの夢)
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
ゆっくり目を開けると、白いカーテンの隙間から朝の光が淡く差し込んでいた。
昨夜の雨が嘘みたいに静かな朝。
けれど、枕は少し湿っていた。
雨の匂いも。触れた手の温度も。隣で笑っていた彼の横顔も。
全部、私は覚えている。
何度忘れようとしても、時間が経っても、頭の中から消えてくれなかった。
そして昨日——神社で再会した彼は、間違いなくあの人だった。
顔も、名前も、時代も違う。
それでも、私は一目でわかってしまった。
傘を差し出す時の癖。
困っている人を放っておけない優しさ。
泣きそうなのに笑おうとする表情。
何より——あの目。
あの頃と何も変わらない瞳を見た瞬間、閉じ込めていた記憶が一気に溢れそうになった。
ずっと、会いたかった。
もう二度と会えないと思っていた。
その奇跡が、まだ信じられなかった。
ぼんやりしたままスマホを手に取り、画面を覗き込む。
通知に表示された「雨宮陽葵」の文字を見た瞬間、心臓が静かに跳ねた。
夢じゃない。
全部、本当に存在していた。
恐る恐るメッセージを開く。
そこには、虚像ではない一人の青年としての苦悩と、それでも前へ進もうとする真っ直ぐな覚悟が綴られていた。
飾りのない言葉。
綺麗に見せようとしていない。
誰かに好かれるためでもない。
ただ、自分の心をそのまま差し出しているような文章。
一行ずつ読むたびに胸が痛くなる。
『僕は、まだ何者でもありません。それでも、もう逃げたくない』
その文を見つめながら、静かに目を閉じる。
あの時と変わらない。この人はこういう人だ。
自分より先に誰かを心配して、傷つきながらそれでも優しくあろうとする。
不器用なくらい誠実で、だからこそ脆い。
(今度こそ、この人を独りにしたくない)
指先を震わせながら、返信を打つ。
『おはようございます、陽葵くん。朝からメッセージをいただけて、とても嬉しいです。
自分の言葉で話すと決めた陽葵くんを、私は心から尊敬します。怖くないはずがないのに。それでも真っ直ぐ前を見ようとするあなたの強さが、私は大好きです』
今の彼は、何も知らない。
小さく息を吐き、続きを打ち込んだ。
『ルナステラのステージ、必ず行きます。客席のどこからでも、あなたの言葉を受け止めます。あなたは一人じゃありません。だから、今の陽葵くんの想いを届けてください』
送信ボタンを押したあと、しばらく画面を見つめていた。
(嫌われたらどうしよう。重いと思われたらどうしよう)
でもそれ以上に強い感情が胸にあった。
——今度こそ、ちゃんと隣にいたい。
窓を開けると、七月の湿った風が流れ込んできた。昨夜の雨に洗われた街は、どこか透明で、新しい世界みたいに静かだった。
私は空を見上げながら、昨夜の彼の横顔を思い出す。
雨に濡れた睫毛。優しく細められた瞳。今にも消えてしまいそうな、儚い背中。
胸が痛いほど締め付けられる。
もう、失いたくない。今度は絶対に。
私はそっとスマホを胸に抱きしめた。
「陽葵くん……」




