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アイドルに転生した僕は数万人の客席にいる前世の妻を見つけてしまった〜どれだけ芸能界の壁に阻まれても君を愛してる〜  作者: ひとひら


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第16話 夢の中で守れなかった人と、現実で出会った人が、同じ目をしていた


 夜の部屋は、明かりひとつなく、静まり返っていた。


ソファに腰を下ろしたまま、僕はスマートフォンの画面を見つめている。

暗闇の中、液晶の淡い光だけが、僕の横顔をぼんやりと照らしていた。


 スマホの画面に映っているのは、今日あの神社で交わしたばかりの名前。


連絡先の一覧の中で、その名だけが妙に生々しく浮かび上がっている。

他のすべてが背景に溶けていくのに、それだけはやけに近い。


「……葉山つむぎ」


声に出した瞬間、胸の奥がじんわりと熱を持つ。

同時に、理由のない痛みが静かに喉の奥を締めつけた。


今日の出来事を、もう一度なぞる。

神社の軒下。傘を差し出した瞬間に揺れた感覚。 初めてのはずなのに、身体だけが”知っている”動きをしていた。

考えるより先に腕が動いていて、その自然さがむしろ怖かった。


(初めてじゃない気がする)


記憶はない。でも感覚だけが確かに残っている。

どこかで、同じことをしていた気がする。

もっと昔、曖昧な時間の中で。


ステージの上から見た、無数の光。

黄色いペンライトの海の中でなぜか視線が止まった一点。

目が合った瞬間だけ、世界の音が少しだけ遠のいた。


そして、画面の向こうから届いた一行。

崩れかけた夜をたった一度だけ繋ぎ止めた言葉。

すべてが、今ようやく一本の線になる。


「……ずっと前から、君に救われていたんだ」


呟いた声は、薄闇に溶けていく。


本当は、連絡先を聞くべきじゃなかったのかもしれない。

でも、別れ際に背中が拒んでいた。

理屈じゃなく。


窓の外で、雨が強くなる。


「つむぎさん……」


名前を呼ぶたびに、胸の奥が静かに温まっていく。懐かしさに似た何かが、説明できないままそこにある。



やがて意識が、雨音に溶けるように沈んでいく。



気づくと、見知らぬ部屋にいた。


古い天井。湿った木の匂い。畳の冷たさ。

障子の向こうで、雨が絶え間なく落ちている。

身体が重い。呼吸をするたびに、胸の奥が軋む。


「……誠一郎さん」


声がした。

隣に、白い着物の女性が座っている。

泣きそうな目で、僕の手を握っている。


「……千鶴」


名前が、当然のように零れた。

守りたかった人。失いたくなかった人。

それでも守れなかった人。


「泣かないで……ごめん……」


手を伸ばそうとしても、力が入らない。

視界が滲む。声が遠のいていく。 


そして——



「……っ!」


跳ね起きる。

いつもの部屋。

雨の音だけが、変わらずそこにある。


荒い呼吸のまま、手で顔を覆う。

夢だとわかっているのに、感触だけが消えない。

湿った空気も、握られた手の温度も、まだ残っている。 


「千鶴……」


無意識に名前が落ちた。

その瞬間、昼間の彼女の顔が重なる。

似ているとか、そういう単純な話ではない。

もっと深い場所で、何かが同じ形をしている。


「つむぎさん……」


呼んだだけで、呼吸が少しだけ落ち着いた。


もう、同じ後悔はしたくない。

理由のない誓いのように、それだけが静かに心に残っていた。



翌朝、雨は何事もなかったみたいに上がっていた。

カーテンの隙間から光が差し込んで、遠くで蝉の声がかすかに鳴き始めていた。


スマホを手に取る。

連絡先一覧。指が止まる。


「葉山つむぎ」


ただの文字列のはずなのに、そこだけ時間の密度が違っている気がした。

何かを送るべきだと頭ではわかっている。

でも言葉がうまく形にならない。

それでも、指はゆっくり動いた。


『つむぎさん。昨日はありがとうございました。

帰ってから、不思議な夢を見ました。

誰かを守れずに、ただ泣かせてしまう夢です。その人が、つむぎさんに少し似ていた気がして。

うまく説明できないけれど、どうしても伝えたくて。

僕はまだ、何者でもないかもしれません。それでも、もう逃げたくないと思っています。

今度のコンサートで、自分の言葉で話そうと思います。』



送信ボタンの上で、一瞬だけ指が止まる。

怖くないわけじゃない。

でも昨夜見た夢の残り火のような感情が、静かに背中を押す。


——もう、逃げたくない。


小さく息を吐いて、指を下ろした。

送信。

画面に「送信済み」が表示される。

その文字が、静かに光って見えた。



窓の外では、雨上がりの空がゆっくりと明るさを取り戻していた。


(颯太に見せたら「重すぎだろ」って言われそうだな)


そんなことをぼんやり思いながら、スマホを置いた。




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