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アイドルに転生した僕は数万人の客席にいる前世の妻を見つけてしまった〜どれだけ芸能界の壁に阻まれても君を愛してる〜  作者: ひとひら


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第15話 神社の雨宿りで出会った女性が、あの夜の通知を送ってきた葉山つむぎだった


 「……陽葵くん?」


その声が落ちた瞬間、胸の奥で何かが小さく弾けた。


思い出そうとするより先に、感覚だけが蘇る。

誰かに傘を傾けたことがある。

ずっと昔、まだ名前の輪郭すら曖昧だった頃。

雨の匂いと、濡れた肩と、寄り添うような距離。

それだけが、夢の切れ端みたいに残っている。


「……前にも、こうして誰かに傘を差したことがある気がして」


言いながら、自分でも曖昧なことを言っていると思う。

でもそれは嘘でも錯覚でもなく、確かに”どこかにあったもの”だった。


彼女は少しだけ目を伏せてから、小さく頷いた。


「……ありがとうございます。少しだけ、入れてもらってもいいですか」


その声は、雨よりも静かだった。


一歩、彼女が傘の中へ入る。

その瞬間、雨音がふっと遠のいた気がした。


濡れた石畳を並んで歩き出す。

肩が触れそうで触れない距離。

そのわずかな間に、緊張と安心が同時に存在していた。


炎上してからというもの、誰かと並んで歩くことが怖かった。

視線を計算してしまう。

言葉の温度を調整してしまう。

“正しく見られる自分”を、無意識に作り続けていた。


でも今は違う。

この人の隣では、そのすべてが静かにほどけていく。

何も演じていないのに、壊れそうにもならない。


「……この神社、よく来るんですか?」


彼女の声が、雨の隙間に落ちる。


「はい。ここに来ると、少しだけ息ができるんです。……うまく言えないんですけど」


言い終えてから、自分でも苦笑する。

でも彼女は何も聞き返さなかった。

ただ、同じ歩幅で隣にいる。

不思議なくらい心地よかった。


参道の終わりが近づくにつれて、雨が少しずつ弱まっていく。

雲の切れ間から、淡い光が滲み始めていた。

紫陽花の葉に残った雫が、細い線のように光って落ちていく。 


気づけば、足が止まっていた。


「……また、会ってもいいですか」


口にした瞬間、自分の声が少し遠く感じた。

言うつもりはなかった。

でも、言わないまま終わることの方が怖かった。


「君といると、すごく落ち着くんです。……さっき会ったばかりなのに」


彼女がこちらを見る。

その目が、ほんの少し揺れていた。


「……はい。私でよければ」


その返事は、雨の音に溶けていくほど静かだった。なのに、心に深く残った。



連絡先を交換する流れになり、傘の下でスマホを取り出す。

画面に彼女の名前が表示される。


「……あれ」


息が止まる。


「……葉山、つむぎ……?」


その名前を口にした瞬間、時間が一度だけ途切れた気がした。

思い出すのは、画面の向こう側。

夜更け、何度も読み返した短い言葉。


『陽葵くんの言葉、ちゃんと届いてます』


そのたった一文に、どれだけ救われていたか。


「……あのアカウントの」


声が震える。


「ずっと覚えてます。何度も読み返して……あの言葉がなかったら、多分、今ここにいない」


彼女の表情が、わずかに揺れる。

驚きと、戸惑いと、どこか信じられないものを見る目。 


「……届いてたんですね」


かすかに震えた声だった。


「届いてました。ずっと」


雨音が、少し遠くなる。

心臓の音だけがやけに近い。


「それだけじゃなくて……懐かしいって思ったのは、そのせいじゃない気がして。もっと前から知ってるみたいな、変な感じがして」


彼女は何も言わない。

ただ、まっすぐこちらを見ている。


「……君が、あの人だったんだね」


確かめるように呟く。

黄色い光の中で見た視線。

何千人の中でたった一瞬だけ重なった目。

その記憶が、今の彼女と静かに重なっていく。


「……私も」


彼女が小さく息を吸う。


「ずっと、あなたに見つけてほしかったです」


その言葉で、胸の奥が静かにほどけた。

痛みではない。

ずっと握りしめていたものが、ようやく形を変える感覚だった。



傘の下は、驚くほど静かだった。

雨音だけが、世界の外側で続いている。


わからないことは多い。

この感覚の正体も、偶然の重なりも、説明はできない。

でもひとつだけ、確かなことがある。


今、彼女はここにいる。

その事実だけで、雨の音は少しだけ優しく聞こえていた。



帰宅した時、外はまだ雨が降っていた。


濡れた上着を脱ぐと、そのままソファへ沈み込んだ。

電気をつける気力もなくて、部屋は薄暗いまま息をしている。

窓を叩く雨音だけが、一定のリズムで世界を保っていた。


スマホを手に取る。

画面の光だけが、薄暗い部屋の中で小さく浮かんでいた。


葉山つむぎ。


画面の中のその名前を、しばらくただ眺めていた。



やっと、会えた。







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