第78話「告白本番」
俺は玄関に立った。
セレナの帰る場所で、俺は言う。
「好きだ。……帰ってきてくれ」
暴走する迷宮の轟音が、なぜか遠く聞こえた。
俺の視界には、涙で潤んだセレナの青い瞳しか映っていない。
俺の両手に掴まれた彼女の肩越しに、左手の薬指で金色の指輪が微かに熱を帯びて光っているのを感じる。
「家主、さん……」
セレナが震える唇を開き、俺の名前を呼ぶ。
「セレナ。よく聞け」
俺は彼女の言葉を遮り、真っ直ぐに、ありったけの誠意を込めて言葉を紡いだ。
難しい言葉なんて知らない。
役所に出すような気の利いた文面も浮かばない。
だから、一番素直な、俺の心の中にある言葉をそのまま叩きつけるしかなかった。
「俺は、鈍感で、計画ばっかり立てるし、気の利いたロマンチックなことも言えない。ただの(仮)上がりの、しがない迷宮の管理人だ」
彼女が小さく息を呑む音が聞こえた。
「お前が神殿の聖女だろうが、国を追われた身だろうが、そんなことはどうでもいい。俺にとってお前は、毎朝しょっぱい味噌汁を作って怒ったり、布団を干して笑ったりする、この家の……俺の日常の真ん中にいる、ただの女の子だ」
俺の言葉に、セレナの目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「俺は、お前がいないとダメなんだ。お前が笑ってくれないと、この家は冷たい洞窟のままだ。……俺の心も、同じだ」
ドクン、と自分の心臓が大きく鳴る。
手のひらにじんわりと汗をかいているのが分かった。
でも、もう止まらない。止めたくない。
「好きだ、セレナ」
その一言が、玄関の空間に静かに、だが確かな重みを持って響き渡った。
「誰にも渡したくない。神殿にも、他の男にも、お前を連れ去らせるもんか。お前の帰る場所は、この迷宮じゃない。……俺の隣だ」
俺は彼女の肩から手を離し、ゆっくりと、自分の右手を彼女に向かって差し出した。
それは、彼女をこの家に迎え入れるための、家主としての手。
そして、彼女と共に生きていくための、一人の男としての手だ。
「だから……俺のところに、帰ってきてくれ」
不器用で、泥臭くて、ちっともスマートじゃない告白。
俺の顔は、間違いなく耳の先まで真っ赤に茹で上がっているだろう。
背後でリースが「尊い……!」と泣き崩れる気配がしたが、俺はセレナから絶対に目を逸らさなかった。
セレナは、俺の差し出した手と、俺の顔を交互に見つめた。
彼女の青い瞳から、不安や緊張の色が完全に消え去っていく。
その代わりに浮かんだのは、太陽のように温かく、そしてどこまでも透き通った、心からの笑顔だった。
彼女の小さな両手が、そっと俺の右手を包み込む。
ひんやりとした彼女の体温が、俺の熱い手のひらと混ざり合う。
「……はい」
セレナは、泣き笑いの顔で、小さく、だがはっきりと頷いた。
そして、彼女は大きく息を吸い込み、迷宮の空気をいっぱいに胸に溜め込んだ。




