第79話「返事が“ただいま”】【実家は完成する】
セレナが泣き笑いで、息を吸う。
そして言った。
「ただいま」
「ただいま」
セレナのその一言は、今まで聞いたどんな言葉よりも優しく、そして力強い魔法だった。
その瞬間。
迷宮を揺るがしていた暴走の地鳴りが、ピタリと止んだ。
暴風のように吹き荒れていた魔力の渦が、嘘のように凪いでいく。
パァァァッ……!
玄関の敷石から、黄金の光が波紋のように広がっていった。
それは廊下を抜け、リビングを包み、台所を通り、客間やプール、猫部屋にまで瞬く間に到達する。
迷宮の隅々まで、温かくて清らかな光が行き渡っていくのがわかった。
《ホーム指数、規定値を突破。暴走状態を解除しました》
《迷宮と家主、および対象『セレナ』の魂の完全な同調を確認》
《設備『実家』が、究極の完成形へと進化しました》
システムウィンドウの文字が、祝福するように空中でキラキラと輝いて消えていく。
「……終わったのか」
俺が呆然と呟くと、セレナが俺の右手を握ったまま、コクリと頷いた。
「はい。……もう、何も怖くありません」
彼女の笑顔は、すべての不安を拭い去った、完全な安堵に満ちていた。
俺の胸の奥で燻っていた重いプレッシャーも、すーっと溶けて消えていくのを感じる。
「うおおおおっ! 言ったー! ついに言ったぞー!!」
背後から、ノアの絶叫が響き渡った。
彼は水晶玉を抱えたまま、床を転げ回って喜んでいる。
「神聖なる契約……! 私は今、伝説の誕生に立ち会っているのだな! 記録だ、記録を!」
リースが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、空に向かって敬礼を繰り返している。
「お兄ちゃん! セレナ様! おめでとうございますーっ!」
マリアが飛び跳ねて手を叩き、魔物たちも一斉に歓声と指笛を鳴らした。
『本日の報告。長きにわたる不毛なラブコメに、ようやく終止符が打たれました。床に落ちた感動の涙は、後で綺麗に拭き取っておきます』
モップが足元で、彼なりの最大の祝福の念話を送ってくれた。
外野の大騒ぎの中で、俺はセレナと見つめ合ったまま、照れくさそうに頭を掻いた。
「……なんか、すげえ大騒ぎになっちまったな」
「ふふっ、そうですね。でも、これが私たちの実家ですから」
セレナはそう言うと、俺の腕にそっと身を寄せた。
甘い石鹸の香りと、彼女の温もりが、俺の心に深く根を下ろしていく。
「おかえり、セレナ」
俺が耳元で小さく囁くと、彼女は幸せそうに目を閉じ、俺の腕をギュッと抱きしめ返した。
世界は布でできている。
そして俺たちは今、この迷宮という小さなほつれを、愛という名の最強の糸で、永遠に解けないように縫い合わせたのだ。
俺の迷宮運営は、こうして最高の形で『完成』を迎えたのだった。




