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『ダンジョンマスター(仮)ですが、聖女が迷宮を“実家”扱いして出ていきません』  作者: 腐柿


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第76話「当日:増築暴走」

セレナが落ち着かない。

そして玄関で何度も言う。「ただいま」

そのたび部屋が増える。やめろ。


告白プロジェクトの実行日、当日。


朝から、迷宮の空気は異様な緊張感に包まれていた。

原因は俺ではない。セレナだ。


いつもなら完璧な手際で朝食を作る彼女が、今日は目玉焼きを焦がし、味噌汁をお椀からこぼしそうになっていた。

純白のドレスの裾を落ち着きなく握り締め、青い瞳は宙を泳いでいる。


彼女も、今日が『その日』だと意識しすぎているのだ。


「あ、あの、家主さん。お茶、淹れますね」


「お、おう。ありがとう。……って、それ醤油だぞ!」


「きゃっ! ご、ごめんなさい!」


セレナが慌てて醤油差しを引っ込める。

そのドタバタとした様子は、普段の完璧な聖女の姿からは想像もつかないほどポンコツで、可愛らしかった。


だが、問題は彼女の落ち着きのなさではなかった。

極度の緊張状態に陥ったセレナが、無意識に恐ろしい行動に出始めたのだ。


彼女はリビングをウロウロと歩き回り、ふと玄関の上がり框の前に立った。

外に出たわけでもないのに、彼女は小さく呟いた。


「……ただいま」


ゴゴゴゴゴッ!!


迷宮全体が、凄まじい地鳴りを上げて震えた。

壁が動き、廊下の奥に新しい木製の扉がボコンと生え出す。


「なっ!?」


俺が驚いていると、セレナはさらに玄関の周囲を歩き、再び呟いた。


「た、ただいま……」


ゴゴゴゴゴッ!!


今度は天井が高くなり、二階へと続く謎の階段が形成されていく。

新しい漆喰の匂いと、木材の削りかすが空気を満たした。


「おいセレナ! 何やってるんだ!」


「わ、わからないんです! 緊張すると、つい実家の挨拶を言いたくなってしまって……ただいま!」


ゴゴゴゴゴッ!!


「やめろ! もう言わなくていい! 部屋が増えすぎる!」


俺の制止も聞かず、パニックになったセレナの口から「ただいま」が連呼される。

そのたびに、使わない巨大な物置、謎の応接間、やたら広いバルコニーが次々と生えていく。


『緊急事態です。ホーム指数が異常な上昇を記録しています。このまま増築が続けば、迷宮の空間限界を超えて破裂する恐れがあります』


モップの冷酷な念話が、事態の深刻さを告げた。


セレナの緊張と感情の揺れが、迷宮のシステムにダイレクトに影響を与え、暴走を引き起こしているのだ。

このままでは、告白どころか家そのものが崩壊してしまう。


「止めるにはどうすればいい!?」


『家主様が、彼女を安心させるしかありません。工程表など捨てて、今すぐ実行フェーズに移行してください』


モップの言う通りだった。

ムードの構築だの、立ち位置の確保だの、そんな悠長なことを言っている場合ではない。


俺は自室で作った工程表を頭の中から破り捨て、玄関で震えながら「ただいま」を繰り返しているセレナの元へ向かって、真っ直ぐに走り出した。

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