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『ダンジョンマスター(仮)ですが、聖女が迷宮を“実家”扱いして出ていきません』  作者: 腐柿


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第74話「ノア、結婚式配信を狙う」

ノアが言った。「結婚式、撮らせて」

セレナが言った。「帰省です」

俺だけが、心臓を落とした。


リースが猫部屋(別棟)に引きこもるようになってから数日後。

俺とセレナの間の甘酸っぱい空気は、未だに解消されていなかった。


リビングのソファで、俺が迷宮の備品リストをチェックしていると、向かいの席でノアが水晶玉を布で熱心に磨いていた。

彼の瞳には、数字(視聴者数)を求める配信者特有の、ギラギラとした欲望の光が宿っている。


「なあ、家主。そろそろ腹をくくってくれよ」


ノアが突然、水晶玉をドンとテーブルに置いて身を乗り出してきた。


「腹をくくるって、何をだ」


「結婚式だよ! ギルドの窓口で公開プロポーズしたんだろ!? 次はもう式を挙げるしかないじゃないか! その独占配信権を俺にくれ! 同接ミリオンは確実だぞ!」


ノアの言葉に、俺は飲んでいた白湯を盛大に吹き出しそうになった。


「ゲホッ! ば、バカ! 声が大きい!」


俺が慌てて周囲を見回すと、台所で夕食の仕込みをしていたセレナの肩が、ビクッと跳ねるのが見えた。


「結婚式って……俺たちはまだ、そんな具体的な話は……」


「えー? コメント欄はもう祝儀の準備できてるって言ってるぜ? ほら見ろよ」


ノアが水晶玉を見せてくる。

そこには『いつ式挙げるの!?』『早く告白しろ家主!』『焦れったい!』という視聴者からの凄まじい圧力が、文字の滝となって流れていた。


俺の胃が、キリキリと痛み始める。

外野からのプレッシャーが重すぎる。


「ノアさん、勝手なことを言わないでください」


台所から、セレナが静かな声で口を挟んだ。

彼女は純白のドレスの裾を少しだけ揺らしながら、俺たちの方へ振り返る。

その顔は、ほんのりと桜色に染まっていた。


「結婚式なんて……私はただ、実家に帰省しているだけですから」


セレナはそう言って視線を逸らした。

冷静な言葉とは裏腹に、彼女の指先はエプロンの紐を落ち着きなくいじっている。

照れているのだ。


その仕草の破壊力に、俺の心臓はドクンと大きく音を立て、胃袋のあたりまでストンと落ちたような気がした。

可愛い。どうしようもなく可愛い。


「帰省って言い張るのも限界だろー。マリアちゃんだってそう思うよな?」


ノアが、ちょうど廊下から顔を出したマリアに同意を求める。


「そうですよ、お兄ちゃん! 聖女様をこんなに待たせるなんて、男らしくないです!」


ジャージ姿のマリアまでが、俺を非難するような目を向けてきた。


「お前らな……俺にだって、現場監督としてのやり方があるんだよ! 結婚とか告白なんていう大掛かりなプロジェクトを、計画もなしに進められるか!」


俺が苦し紛れに反論すると、ノアとマリアは呆れたように大きなため息をついた。


「恋に計画なんてないんだよ、家主」

「お兄ちゃん、そういうところですよ」


二人のツッコミが、俺の胸にグサグサと突き刺さる。


トントントン。


台所から、セレナが包丁で野菜を刻む音が聞こえてきた。

だが、そのテンポがいつもより明らかに速い。

そして、少しだけ力がこもっている。


トントントントン!!


言葉はないが、「早くしろ」という無言のプレッシャーが、まな板の音に乗って伝わってくるようだった。


俺の背筋に冷たい汗が流れる。

このままでは、彼女に愛想をつかされてしまうかもしれない。


「わ、わかったよ! ちゃんと考えるから、少し時間をくれ!」


俺は逃げるように立ち上がり、自分の自室へと駆け込んだ。


机に向かい、引き出しから白紙の束と炭のペンを取り出す。

ノアたちは計画なんてないと言ったが、俺には俺の戦い方がある。

俺は深呼吸をし、ペンを力強く握り締めた。

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