第71話「迷宮、公式“保護施設”認定(名称が長い)」
認定名称が長すぎて、看板に収まらない。
リースが定規で測っている。
セレナが言う。「短く“実家”で」
神殿の書類攻撃を完全に沈黙させた後、迷宮には別の役所からのお達しが届いていた。
今度は嫌がらせではない。冒険者ギルドのハインリヒ審査官からの、正式な通達だ。
「えーっと、なになに……」
俺はリビングのテーブルで、ギルドの封筒から取り出した書類を読み上げた。
『当該迷宮は、その特異な安全性と、聖女をはじめとする社会的保護が必要な者たちを収容している実績を鑑み、ギルド直轄の公式な保護施設として認定する』
「保護施設?」
俺が首を傾げると、横で書類を覗き込んでいたリースがポンと手を打った。
「なるほど! 神殿から追放されたマリア様や、行き場を失った魔物たちを保護しているという実績が評価されたのだな。これでギルドの後ろ盾がさらに強固になるぞ!」
確かに、うちの迷宮には元聖女が二人、元神殿騎士が一人、炎上系配信者が一人、そして働き口のない魔物たちが多数住み着いている。
傍から見れば、立派な保護施設かもしれない。
「それはいいんだが……問題はこの認定名称だ」
俺は書類の続きを指差した。
『施設名称:未登録迷宮改め、特例認定・聖女及び魔物共生型・安全第一保護シェルター・ユウの迷宮』
「長すぎるだろ!」
俺が思わず突っ込むと、ノアが水晶玉を回しながらゲラゲラと笑った。
「なんだその名前! 役所が無理やり全部の要素を詰め込んだ感があって最高にダサいぜ!」
「笑い事じゃない。ギルドから、この名称を記した看板を迷宮の入口に掲示するように指導されてるんだ」
俺が頭を抱えていると、リースがどこからか大きな木の板と定規を持ってきた。
「任せておけ、ユウ殿。私がこの板に、一文字の狂いもなく美しく書き写してやろう」
リースが定規を当てて、真剣な顔で板の寸法を測り始める。
「いや、文字数が多すぎて、どう考えてもその板じゃ収まらないぞ」
「文字を極限まで小さくすれば入る! 規律のためなら、私は針の穴を通すような文字でも書いてみせる!」
リースが完全に明後日の方向に努力を始めようとした、その時だ。
「そんなに長い名前、呼ぶのも大変ですよね」
エプロン姿のセレナが、洗濯カゴを抱えて廊下から現れた。
「そうなんだよ。でもギルドの指定だから……」
俺が言い訳をしようとすると、セレナはリースの持っていた木の板をトンと指差した。
「短く『実家』でいいじゃないですか」
「え?」
「ここは私たちが帰る場所なんですから。難しくて長い名前なんて必要ありません。ただの『実家』で十分です」
セレナがふわりと微笑む。
その笑顔には、どんな役所の決定よりも強い、有無を言わさぬ説得力があった。
「……確かに、そうだな」
俺は納得して頷いた。
保護シェルターだの共生型だの、そんな堅苦しい言葉はこの家には似合わない。
『本日の報告。施設名称の変更を確認。看板の清掃は私にお任せを』
足元のモップが、プルプルと震えながら同意を示す。
結局、リースの手によって木の板にデカデカと『実家』とだけ墨で書かれ、それが迷宮の入口に掲げられることになった。
ギルドの監査官が後日それを見て絶句したらしいが、俺たちの知ったことではない。
看板が上がり、名実ともに『実家』が完成した迷宮。
俺の胸の奥で、いよいよ「あの計画」を実行に移す時が来たという、心地よい緊張感がふくらみ始めていた。




