第67話「刻印縫い替え:指輪っぽい」
セレナがユウの手を取った。
光が指先を巡り、刻印が形を変える。
リースが震えた。「……指輪にしか見えない」
大監査の群衆が完全に排除され、迷宮の玄関には静寂が戻っていた。
光の『ただいま結界』は、迷宮全体を優しく包み込み、外界からのあらゆる干渉を遮断している。
「終わった……のか」
俺が肩の力を抜いてへたり込むと、住人たちから歓声が上がった。
ゴブリンたちは抱き合って喜び、ノアは配信の成功にガッツポーズをしている。
リースは安堵の息を吐きながら、剣を鞘に収めた。
だが、セレナだけは少し様子がおかしかった。
「……くっ」
彼女は胸元を強く押さえ、顔をしかめている。
「セレナ!? どうした、また神殿の刻印が痛むのか!?」
俺が慌てて駆け寄ると、彼女は苦しげに頷いた。
「結界で外からの干渉は防げましたが……私の中に残っている刻印そのものが、神殿の魔力と反発して……」
神殿が彼女を縛り付けるために刻んだ、呪いのような刻印。
これが残っている限り、彼女は本当の意味で自由になれない。
「どうすればいい!? モップ、何か方法は……」
『私の清掃機能では、魂に刻まれた呪いは拭き取れません。ですが、家主様の魔力パスを使えば、上書き(縫い替え)が可能なはずです』
モップの念話に、俺はハッとした。
本登録の時に刻まれた、俺とセレナの左手にある金色の紋章。
「家主さん、手……貸してください」
セレナが、震える手で俺の左手を取った。
彼女の指先から、眩い白銀の光が糸のように細く伸びていく。
この世界の魔法は、縫い物だ。
彼女は自分の魂のほつれを、俺との繋がりを使って縫い直そうとしているのだ。
俺は彼女の小さな手を、しっかりと両手で包み込んだ。
俺の体温と、彼女を守りたいという強い意志が、左手の紋章を通じて流れ込んでいく。
「いきます……」
セレナが目を閉じ、祈るように光の糸を操る。
彼女の胸元で禍々しく赤く光っていた刻印が、白銀の糸に絡め取られ、徐々に形を崩していく。
ジジジッ、と呪いが焼け焦げるような音が響いた。
光の糸は彼女の腕を伝い、俺と繋いだ左手へと集まってくる。
そして、彼女の薬指にある金色の紋章と複雑に絡み合い、新たな形を成していった。
パァァッ、と温かい光が弾ける。
光が収まった後。
セレナの胸元にあった神殿の呪いは、完全に消え去っていた。
その代わり、彼女の左手の薬指には。
金色の紋章が立体的に浮かび上がり、まるできらびやかな装飾が施された、本物の『結婚指輪』のような形になって定着していたのだ。
俺の左手にも、全く同じデザインの金色の指輪が光っている。
「……痛みが、消えました」
セレナがほっとしたように息を吐き、自分の薬指に輝く指輪を見つめた。
彼女の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「あの、これ……」
「呪いを縫い留めるために、形を変えたんだな。……指輪みたいだけど」
俺が照れ隠しに頬を掻きながら言うと、背後でガシャンッと金属音がした。
「……指輪にしか見えない。しかもペアリング……尊すぎる……!」
リースが顔を覆い、膝から崩れ落ちて震えている。
ノアは無言で水晶玉を回し続け、コメント欄は完全に祝福の嵐と化していた。
神殿の呪いは、俺とセレナの絆を物理的に証明する、アイテムへと変換されてしまったのだった。




