第63話「ノア、最終配信(告白圧)」
ノアがカメラを回しながら叫んだ。
「今から真実を映す!ついでに告白しろ!」
俺は真実より後半が怖い。
大監査による迷宮内の混乱は、ピークに達していた。
靴を脱がされてスリッパでうろつく神官たち。壁を殴って追い出された筋肉狂。
そして、粗探しをしようにも、綺麗に掃除された実家の空間に文句をつけられず、手持ち無沙汰になっている監査官たち。
そんなカオスな状況の中、リビングのテーブルの上に乗って、大声で叫んでいる少年がいた。
「はいどーも! 全国のみんな、見てるかー!?」
ノアだ。
彼は宙に浮く水晶玉を限界まで高く掲げ、迷宮内の惨状を全国に生配信し始めたのだ。
「これが神殿の『大監査』の実態だ! 難癖をつけて人の家に土足で上がり込もうとし、靴を脱がされればスリッパを奪い合う! これが国を導く神殿のやり方か!」
ノアの叫びと共に、水晶玉の向こう側でコメント欄が滝のように流れ始める。
『神殿ダサすぎwww』
『スリッパ争奪戦で草』
『筋肉のヤツ滑っていったぞww』
『完全に嫌がらせじゃん』
世論の風向きは、完全に俺たち迷宮側に向いていた。
ノアの配信は、神殿の権威を失墜させるための最強の武器だった。
「おいノア! 危ないからテーブルから降りろ!」
俺が下から声をかけると、ノアはニヤリと笑って水晶玉のレンズを俺に向けた。
「みんな聞いてくれ! この家主、昨日の夜、聖女様からのほぼ完璧な告白をスルーしたんだぜ!」
「なっ……! お前、なんでそれを!」
俺が顔を真っ赤にして叫ぶと、ノアは勝ち誇ったように胸を張った。
「俺の防音室、実はリビングの音だけは聞こえる仕様になってるんだよ! 『了解です(キリッ)』じゃねえよ! 鈍感にも程があるだろ!」
水晶玉のコメント欄が、一瞬で別の意味で大爆発した。
『ええええええ!?』
『家主マジかよ! 切腹しろ!』
『聖女様可哀想!』
『今すぐ告白し直せ!』
『了解ですは草』
全国数十万人の視聴者から、一斉に恋愛のダメ出しを食らうという公開処刑。
俺のHPと尊厳は、神殿の監査よりも深刻なダメージを受けていた。
「ノアさん! 余計なこと言わないでください!」
台所から、顔を真っ赤にしたセレナが飛び出してきた。
彼女の純白のドレスとエプロン姿が配信に映ると、コメント欄の熱狂はさらに加速する。
「今から真実を映す! ついでに家主は今すぐここで告白しろ!」
ノアが煽りまくる。
俺は真実の暴露よりも、外野からの強烈な「告白圧」の方が何倍も恐ろしかった。
「貴様ら! 配信を止めろ! 神聖なる監査を世間に晒すなど許されん!」
神殿の騎士たちが、ノアの配信に気づいて取り囲んできた。
剣こそ抜いていないものの、彼らの顔は焦りと怒りで歪んでいる。
「止められるもんなら止めてみろ! 俺は迷宮専属の広報だ!」
ノアはテーブルから飛び降り、騎士たちの間をすり抜けながら迷宮の奥へと逃げ出した。
「待て! 捕まえろ!」
「水晶玉を割れ!」
スリッパを履いた騎士たちが、滑りやすい廊下でドタバタとノアを追いかけていく。
「家主ー! あとは任せたぞー! 早くくっつけー!」
ノアは奥の角を曲がる直前、捕まる覚悟で俺に向かって大声を放った。
静まり返ったリビング。
取り残された俺とセレナの間に、気まずすぎる沈黙が流れる。
配信の水晶玉はノアが持っていってしまったが、全国の視聴者が俺の次の行動を想像して盛り上がっているのが手に取るようにわかった。
「……あー、セレナ。その、昨日のことは……」
俺がしどろもどろに口を開くと、セレナは顔を背けたまま、小さく呟いた。
「……塩対応、継続中です」
彼女の耳が真っ赤になっているのが見えた。
大監査の危機的状況だというのに、俺の胃痛の原因は完全にラブコメの方向へとシフトしてしまっていた。




