第6話「姫騎士リース来訪」
入口に立った騎士が、名乗る前に叫んだ。
「私は神殿回収部隊のリース! 聖女を返せ!」
セレナは笑顔で返した。「お茶、飲みます?」
ガシャン、ガシャン。
硬い金属がぶつかり合う音が、ダンジョンの石壁に反響して近づいてくる。
足音は一つだが、その歩みには迷いがない。
俺は胃薬代わりの白湯を飲み込みながら、真新しい木造の玄関で身構えていた。
現れたのは、全身を銀色の甲冑で包んだ女性だった。
ブロンドの髪を後ろで厳格にまとめ、氷のように冷たい青い瞳でこちらを睨みつけている。
腰には立派な長剣が帯びられていた。
「私は神殿回収部隊のリース! 聖女を返せ、悪しき迷宮の主よ!」
彼女は玄関の上がり框の手前で立ち止まり、剣の柄に手をかけて叫んだ。
その声は凛としていて、いかにも『正義の騎士』という響きがあった。
終わった。
神殿の回収部隊。つまり、セレナを連れ戻しに来たプロの戦闘員だ。
罠の一つもないこのダンジョンで、どうやって彼女を追い返せばいいのか。
俺が両手を上げて降伏のポーズをとろうとした、その時だった。
「あら、お客さんですか?」
台所の奥から、エプロン姿のセレナがひょっこりと顔を出した。
その手には、湯気を立てる急須と、二つの湯呑みが乗ったお盆が握られている。
「聖女様! ご無事ですか! 今すぐその洗脳を解いてご覧に入れます!」
リースが叫び、上がり框に足をかけようとした。
泥にまみれた金属のブーツが、俺の自慢の玄関の床板に触れそうになる。
「泥靴で上がらないでください(にこ)」
セレナの声は、今まで聞いたことがないほど冷たかった。
背筋が凍るような絶対零度の圧力が、空間を支配する。
リースの足が、空中でピタリと止まった。
「え……?」
「玄関は家の顔です。靴を脱いで、揃えてから上がってください」
セレナはふわりと微笑みながら、お盆をダイニングテーブルに置いた。
ほうじ茶の香ばしい匂いが、ふわりと空間に広がる。
「さあ、お茶が入りましたよ。少し熱いので、気をつけてくださいね」
リースは混乱していた。
剣を抜くべきか、それとも指示通りに靴を脱ぐべきか。
彼女の目は、俺とセレナ、そして並べられたスリッパを猛スピードで往復している。
「私は……敵を討伐しに……」
「はいはい。お疲れ様です。お茶、飲みます?」
セレナの笑顔には、一切の反論を許さない力があった。
リースはカタカタと震えながら、ゆっくりと金属のブーツの留め具を外し始めた。
カラン、と重いブーツが玄関の石の床に置かれる。
彼女はご丁寧に靴の先端を外に向けて揃え、用意されたスリッパにつま先を入れた。
「……お邪魔、します」
消え入るような声で呟きながら、騎士がリビングへと上がってくる。
俺は目の前で起きている現実が信じられなかった。
神殿の精鋭が、エプロン姿の聖女に完全にペースを握られている。
リースは促されるままにテーブルにつき、湯呑みを両手で包み込んだ。
温かいほうじ茶の湯気が、彼女の強張った顔を少しだけ和らげる。
ズズッ。
一口すすったリースが、目を見開いた。
「……美味しい」
「よかったです。お茶請けに、お煎餅もありますよ」
セレナがにっこりと笑う。
完全に、実家に遊びに来た近所の子に対する扱いだった。
俺の胃痛は、恐怖から困惑へとその種類を変えていた。




