第57話「客間増築:親戚が泊まる」
客間が増えたのは、たぶんセレナの善意だ。
問題は、その客間を誰が使うか。
監査官が言った。「今夜、泊まります」
迷宮が正式に『実家』として本登録された翌朝。
俺が目を覚ますと、またしてもダンジョンに見慣れない空間が増えていた。
リビングから続く廊下の奥に、真新しい木製の扉が三つも生えていたのだ。
「……また増築か」
俺は寝起きの頭を掻きながら、その扉を開けてみた。
中は八畳ほどの和室だった。
青い畳の匂いが鼻をくすぐり、押し入れにはふかふかの布団が綺麗に畳まれて収納されている。
壁には掛け軸まで飾ってあり、完全に「親戚を泊めるための立派な客間」だった。
「おはようございます、家主さん」
背後から、エプロン姿のセレナが声をかけてきた。
彼女の薬指には、昨日刻まれたばかりの金色の紋章がキラリと光っている。
「おはよう。この客間、お前がやったのか?」
「はい。本登録も済んだことですし、これからは堂々とお客さんを呼べますからね」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
セレナの善意だということはわかる。
実家として正式に認められたからには、客人を迎えるための部屋が必要だと思ったのだろう。
だが、俺の現場監督としての嫌な予感は、こういう時に限って見事に的中するのだ。
ピンポーン。
玄関のチャイムが、無機質に鳴り響いた。
「はーい、今出ます」
セレナが小走りで玄関に向かい、重い扉を開ける。
俺もその後を追うと、そこには見覚えのある神経質そうな男が立っていた。
以前やってきた、白手袋の特例監査官だ。
「……またあんたか。うちの迷宮は昨日、ギルドと神殿の合同審査で本登録を済ませたはずだが」
俺が警戒して前に出ると、白手袋の男は冷たい目でこちらを睨みつけた。
「フン。書類上の手続きが済んだからといって、神殿が貴様らの暴挙を完全に認めたわけではない」
男は懐から、新しい羊皮紙を取り出して突きつけてきた。
「本登録された空間に対する、抜き打ちの『宿泊監査』だ。本当にこの環境が聖女様にふさわしいか、私の目で二十四時間監視させてもらう」
宿泊監査。
そんな名目で、ただの嫌がらせをしに来たのは明白だった。
「お断りだ。そんな監査、聞いたこともないぞ」
俺が追い返そうとした、その時だった。
「お泊まりですね。客間、ちょうど空いてますよ」
セレナが、ふわりと微笑んでしまったのだ。
「え?」
「実家に親戚が泊まりに来るのは普通のことです。どうぞ、上がってください」
彼女の辞書には「神殿の監査官」という言葉はもう存在しない。
すべてが「泊まりに来た厄介な親戚のおじさん」に変換されているらしい。
「ふ、ふん。当然の権利だ」
監査官は少し戸惑いながらも、セレナの圧倒的な実家オーラに気圧され、大人しく靴を脱いでスリッパを履いた。
そして、彼専用に生えた真新しい客間へと案内されていったのである。
俺は頭を抱えた。
せっかくの正式登録の翌日が、まさかの「厄介な親戚のお泊まりイベント」に変わってしまった。
この客間が、地獄への入り口になるとも知らずに。




