第55話「本登録儀式=結婚式っぽい」
誓約文が長すぎる。
指輪みたいな紋章が光る。
セレナが小さく言った。「……これ、ほぼ結婚では?」
リビングのテーブルが片付けられ、中央に白い布が敷かれた。
その上に、ハインリヒ審査官が持参した香炉と、誓約の羊皮紙が置かれる。
立ち込めるのは、神殿のような生臭い香ではなく、清浄な森の匂いがするお香だった。
「では、家主のユウ氏、そして住人のセレナ氏。前に」
ハインリヒの厳かな声に従い、俺とセレナは祭壇の前に並んで立った。
ノアは少し離れた場所で水晶玉を回し、リースは壁際で直立不動の姿勢をとっている。
「右手を出し、互いの手のひらを合わせなさい」
言われるがままに、俺はセレナと手を合わせた。
彼女の手は小さく、ひんやりとしていて柔らかい。
視線を上げると、彼女も少し緊張した面持ちでこちらを見上げていた。
「これより、空間固定の誓約を読み上げる。二人は心の中で同意を示しなさい」
ハインリヒが羊皮紙を広げ、朗々と読み上げ始めた。
『汝、この空間を自らの帰る場所と定め、病める時も、健やかなる時も、互いを尊重し……』
ん?
俺はハインリヒの言葉に違和感を覚えた。
『雨漏りのする日も、床が冷たい夜も、共にほうきを持ち、汚れを祓うことを誓うか』
なんか、誓いの内容がすごく生活感に溢れている。
というか、これ。
「あの、審査官殿。この誓約文、なんか結婚式みたいじゃないですか?」
俺が小声でツッコミを入れると、ハインリヒはモノクルを光らせた。
「黙りなさい。迷宮の維持は共同生活そのものだ。生活の誓いこそが最も強固な魔力を生むのだ」
理屈はわかるが、言葉のチョイスが完全にそれっぽい。
『互いの食事の好みを理解し、門限を守り、泥靴で上がらぬことを誓うか』
誓約文が進むにつれて、俺と合わせたセレナの手が、微かに熱を帯びてきた。
彼女の顔を見ると、耳の先まで真っ赤に染まっている。
「……これ、ほぼ結婚では?」
セレナが消え入るような声で呟いた。
「いや、違うだろ。これは迷宮の……」
俺が言い訳をしようとした瞬間。
合わせた俺たちの手のひらの間から、まばゆい金色の光が溢れ出した。
光は細い糸のように絡み合い、俺の左手の薬指と、セレナの左手の薬指に、それぞれ指輪のような紋章を描き出した。
「なっ!?」
「あ……」
『誓約は成された。これにて、家主と住人の魂のパスが接続された』
ハインリヒが厳かに宣言する。
「指輪……。私たち、本当に……」
セレナが自分の薬指に浮かんだ金色の紋章を見つめ、涙ぐんだような、それでいて最高に幸せそうな笑顔を浮かべた。
「違う! これは魔力的なパスの印で、結婚指輪じゃ……!」
俺が必死に叫ぶ背後で、ノアが「ヒュー!」と口笛を吹き、リースが「神聖なる儀式……尊い!」と両手を合わせて拝んでいた。
足元ではモップが『本日の報告。主人公、ついに年貢を納める。記録します』と念話を送ってくる。
俺の胃痛は限界を突破し、もはや諦めの境地へと達しようとしていた。




