第51話「本登録:家主面接」
本登録のために必要なもの。
書類、印鑑、そして――“家主面接”。
俺は玄関で既に帰りたかった。
俺がコアの欠片で作った印鑑を押し、神殿に叩きつけた本登録の申請書類。
それが思わぬ波紋を呼び、事態は急展開を迎えていた。
『書類の不備なし。印影の魔力波長一致を確認。これより、家主としての資質を問う最終面接を実施する』
ギルドと神殿の合同審査会から、そんな恐ろしい通達が届いたのだ。
「面接……。前世の就職活動以来だぞ、こんな胃が痛くなるイベント」
俺は洗面所の鏡の前で、リースから借りた(なぜか彼女の荷物に入っていた)サイズの合わないスーツのような礼服を直しながら、ため息をついた。
「ユウ殿、ネクタイが曲がっている。もっと胸を張れ。お前は難攻不落の迷宮の主なのだぞ」
ジャージ姿のリースが、俺の襟元をグイグイと引っ張ってくる。
「苦しい! 絞まってる、首が絞まってるって!」
ドタバタと騒いでいると、リビングの方から「いらっしゃいませー!」というゴブリンの元気な声が聞こえた。
どうやら、審査官が到着したらしい。
俺は覚悟を決め、玄関へと向かった。
上がり框の前に立っていたのは、初老の男だった。
灰色の髪を厳格に撫でつけ、モノクルの奥から鋭い視線を放っている。
手には分厚いバインダー。いかにも「お堅い役人」という風貌だ。
「冒険者ギルド・迷宮管理局の特別審査官、ハインリヒだ。これより、ユウ氏の迷宮マスターとしての本登録面接を行う」
男の声は冷たく、事務的だった。
「よ、よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、ハインリヒはモノクルを光らせて俺の全身を舐め回すように見た。
「ふむ……。魔力は一般人以下。体格も貧弱。とても強力な魔物を従える器には見えないが……」
彼が辛辣な評価をバインダーに書き込もうとした、その時だ。
「泥靴で上がらないでください(にこ)」
エプロン姿のセレナが、お盆にほうじ茶を乗せて奥から現れた。
「なっ……! 聖女様!?」
ハインリヒの目が、驚愕に見開かれた。
当然だ。国の象徴である聖女が、未登録迷宮でエプロンをつけてお茶を出しているのだから。
「玄関は家の顔です。面接の前に、靴を脱いで揃えてくださいね」
絶対零度の笑顔圧。
厳格な審査官の足が、カタカタと震え始めた。
「わ、私が靴を……? いや、これは公的な職務であり……」
「面接官でも、靴の裏の泥は落ちませんよ(にこ)」
ハインリヒは抗えなかった。
彼は無言で革靴を脱ぎ、スリッパに履き替えてリビングへと案内された。
審査官のペースは、開始五秒で完全に実家ルールに粉砕されたのである。
「さあ、お茶が冷めないうちにどうぞ。面接、頑張ってくださいね、家主さん」
セレナが俺の肩をポンと叩き、優しく微笑む。
俺は胃薬の入ったポケットを強く握り締め、向かいの席に座るハインリヒと対峙した。
未曾有の「実家面接」が、今ここに幕を開けたのだった。




