第48話「魔王軍の視察(礼儀正しい)」
迷宮の玄関に、黒い軍服の一団が並んだ。
先頭が丁寧に頭を下げる。
「手土産です。……受け取ってください」
浅い落とし穴事件から数日。
俺の迷宮は、相変わらず平和な狂気を孕んだまま運営されていた。
しかし、その日の夕方。
玄関の呼び鈴が鳴り、俺が扉を開けると、そこには見たこともない異様な集団が立っていた。
全身を漆黒の軍服で包み、頭には角が生えている。
肌の色は浅黒く、瞳は血のように赤い。
どう見ても、人間ではない。神殿の人間でもない。
「……魔族?」
俺が身構えるより早く、集団の先頭に立っていた長身の男が、ピシッと綺麗な敬礼をした。
「突然の訪問、失礼する。我々は魔王軍、第十三軍団の視察部隊である」
男の声は低く、重低音が石畳に響く。
魔王軍。
人類の敵であり、この世界の裏側を支配する絶対的な悪の軍団。
そんな連中が、なぜ未登録迷宮の玄関先に整列しているのか。
俺が冷や汗を流していると、男はスッと横に退き、背後の部下に指示を出した。
部下が、両手で抱えるほどの巨大な木箱を恭しく差し出してくる。
「手土産です。……受け取ってください」
「……はい?」
「近隣に新たな迷宮が出現し、しかも神殿の連中を幾度となく退けていると聞き及んだ。魔王軍として、ご近所のよしみで挨拶に伺った次第だ」
男の言葉遣いは、恐ろしいほどに丁寧だった。
俺が恐る恐る木箱の蓋を開けると、中には霜降りの巨大な肉塊がギッシリと詰まっていた。
「それは特上の飛竜の肉だ。焼くと美味い」
「あ、ありがとうございます……」
俺が木箱を受け取ったその時、奥からセレナが顔を出した。
「家主さん、お客様ですか?」
純白のドレスに割烹着姿の彼女を見た瞬間、魔王軍の男たちが一斉に息を呑んだ。
「せ、聖女……!? なぜ魔王軍の敵である聖女が、このような場所でエプロンを……!」
男が剣に手をかけようとした、その刹那。
「泥靴で上がらないでください(にこ)」
セレナの笑顔圧が、魔王軍の幹部たちを強烈に押し留めた。
「玄関は家の顔です。靴を脱いで、揃えてから上がってくださいね」
魔族たちは顔を見合わせた。
絶対的な悪の軍団が、一介の聖女の「実家ルール」に屈するのか。
だが、飛竜の肉から漂う血の匂いと、台所から流れてくる甘辛い煮物の匂いが混ざり合い、彼らの戦意を徐々に削ぎ落としていく。
「……総員、靴を脱げ。つま先は外に向けるのだ」
幹部の男が震える声で命令を下す。
コロン、カランと、重い軍靴が玄関に並べられていく。
「お邪魔します……」
魔王軍の精鋭たちが、スリッパを履いて大人しくリビングへと上がっていく。
「お茶が入ってますよ。飛竜のお肉、夕飯で焼きましょうか」
セレナがにっこりと笑うと、魔族たちは顔を真っ赤にして頷いた。
魔王軍でさえも、実家の空気に呑み込まれてしまった瞬間だった。




