第47話「神殿残党、嫌がらせが小物すぎる」
入口に落とし穴が掘られていた。
でも浅い。しかも看板がある。
モップが溜息をついた。「手抜きですね」
迷宮の玄関の外、つまりは地上の入口付近に、不自然な土の盛り上がりがあった。
俺が朝のゴミ出し(いつの間にか迷宮の外にゴミ捨て場ができていた)に行こうとして、それに気付いた。
玄関の扉を開けると、足元に直径一メートルほどの穴がぽっかりと口を開けていたのだ。
だが、その深さは膝丈くらいしかない。
しかも、ご丁寧に穴の隣には木の立て札が刺さっている。
『聖女を返すまで、この恐るべき罠は作動し続ける! 神殿有志一同』
「……なんだこれ」
俺はゴミ袋を持ったまま、呆然と立ち尽くした。
嫌がらせのレベルが、小学生のいたずら以下にまで低下している。
異端審問会からの最終通告を『印鑑魔法』で撃退して以来、神殿の正規軍は身動きが取れなくなっているらしい。
その代わり、末端の過激派や残党たちが、こうして姑息な嫌がらせを仕掛けてくるようになったのだ。
「いくらなんでも、ショボすぎないか?」
俺が立て札を引き抜こうとすると、足元からぷるんと青いスライムが這い出してきた。
『……手抜きですね』
モップの念話に、明確な怒りが混じっている。
『落とし穴を掘ること自体は戦術として認めますが、掘り返した土を玄関マットに撒き散らすのは万死に値します。不潔の極みです』
モップがブルブルと震え、体内の洗浄液を沸騰させている。
その時、穴の奥の茂みから、コソコソと動く人影が見えた。
神殿の法衣を着た、若い見習い兵士のような男が二人、こちらの様子を窺っている。
「おい、気づかれたぞ」
「でも罠にはかかってない! くそっ、もっと深く掘るべきだった!」
丸聞こえである。
俺が声をかけようとした瞬間、モップが動いた。
『汚れは私が許しません。……排除します』
シュバッ! と音を立てて、モップが茂みの中に飛び込んでいった。
「うわあっ! なんだこのスライム!」
「ひぃぃ! 洗剤が! 目に染みるゥゥ!」
茂みの中から、兵士たちの悲鳴と、強烈な石鹸の匂いが立ち昇る。
モップは彼らの法衣を物理的にゴシゴシと洗い上げ、ついでに靴の裏の泥まで強制的に削り落としているらしい。
「あの、モップ……もうそのくらいにしてやれよ」
俺が止める間もなく、ピカピカに洗い上げられ、石鹸の匂いを漂わせた二人の兵士が茂みから転がり出てきた。
そこへ、エプロン姿のセレナがほうきを持って現れる。
彼女は泣きベソをかいている兵士たちを見下ろし、ふわりと微笑んだ。
「お掃除、ご苦労様です。帰る場所を汚す人、嫌いです(にこ)」
絶対零度の笑顔圧。
兵士たちは「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、綺麗になった法衣を翻して逃げ去っていった。
神殿の残党による嫌がらせは、こうして「強制洗濯」という最悪の屈辱をもって幕を閉じたのだった。




