第46話「リース、恋愛相談をモップにする」
リースが真剣な顔でモップに言った。
「恋とは何だ」
モップは敬語で答えた。「業務外です(嘘です)」
俺とセレナが買い出しで手繋ぎ事故を起こし、ノアの配信で大騒ぎになっていた頃。
迷宮の奥、薄暗い廊下の隅で、ジャージ姿の騎士が膝を抱えていた。
リースだ。
彼女の前には、青く透き通るスライム――清掃担当のモップが、キュッキュと床を磨きながら鎮座している。
「おい、スライム。お前は知識が豊富だと聞いている」
リースが深刻な顔で切り出した。
『スライムではありません。清掃管理責任者のモップです。して、何かご用でしょうか』
モップの念話は、相変わらず無機質で冷たい。
リースは周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、声をひそめた。
「……恋とは、何だ」
『業務外です(嘘です)』
「嘘なのか本当なのかどっちだ! 私は真剣に悩んでいるのだ!」
リースが床をドンと叩く。
彼女の青い瞳は、ひどく揺れ動いていた。
「最近、ユウ殿を見ると胸がザワザワするのだ。あいつは鈍感で、戦いの役にも立たないのに……あいつがセレナと笑っていると、無性に剣を振り回したくなる」
リースは頭を抱えた。
「これは何らかの精神攻撃か? 神殿の新たな刺客による呪いか!?」
『……はぁ』
モップから、重大なる溜息の念話が聞こえた。
『リース様。それは呪いではありません。非常に原始的で、かつ不衛生な感情のバグです。世間一般では、それを嫉妬と呼びます』
「し、嫉妬……!? この私が、あんな(仮)マスターに!?」
リースが顔を真っ赤にして立ち上がる。
『本日の視線交差を分析。リース様から主人公への熱視線は一日平均十五回。完全に恋患いですね。記録します』
「き、記録するな! これは軍事機密だ!」
『恋は工事ではありませんが、戦略は必要ですよ。猫に逃げてばかりでは、一生実家の番犬止まりです』
モップの敬語による毒舌が、リースの心臓を容赦なく抉っていく。
「番犬……! 私は神殿の騎士だぞ! なぜ私が、あんな男の気を引くための戦略を練らねばならんのだ!」
『素直になれないのなら、床のシミと同じです。ゴシゴシと擦り落として綺麗にして差し上げましょうか』
モップの体がブルブルと震え、洗剤のような匂いを放ち始める。
「や、やめろ! 私は自分の感情くらい自分で制御できる!」
リースは顔を真っ赤にしたまま、逃げるように猫部屋へと走っていった。
『本日の実況ログ。リース様、恋心を自覚しつつも猫に逃亡。進捗は極めて微。……業務報告として、食堂の壁にでも貼り出しておきましょうか』
モップが誰にも聞こえない念話で呟く。
このスライムが一番タチが悪いことを、住人たちはまだ完全に理解していなかった。




