第45話「買い出し=初デート扱い」
ただの買い出しのはずだった。
セレナが当然のように手を繋いだ。
俺の頭の中で組んでいた段取りが、全部吹き飛んだ。
迷宮内の商店街は、今日も活気に満ちていた。
どこからともなく響く売り声。
野菜の青臭い匂いと、焼き鳥の香ばしい匂いが混ざり合っている。
夕飯の食材を買いに出た俺の隣には、いつものエプロン姿ではない、少しおめかしした私服のセレナがいた。
宝箱から出たという、淡い水色のワンピース。
ふわりと広がるスカートが、歩くたびに彼女の白い足首を覗かせる。
「今日は特売日ですからね。たくさん買わないと」
彼女が笑うと、花の香りがふわりと漂ってきた。
俺は頷きながら、彼女の歩幅に合わせる。
だが、問題はそこじゃない。
彼女の白くて小さな手が、俺の右手をしっかりと握っているのだ。
柔らかい感触。微かに伝わる彼女の体温。
俺の顔は、耳の先まで沸騰しているのが自分でも分かった。
「……あの、セレナ」
「はい? なんですか、家主さん」
「手、繋がなくても迷子にならないと思うんだが」
俺が視線を逸らしながら言うと、彼女は俺の顔を下から覗き込んできた。
「え、手……? あ、寒いので」
地下迷宮とはいえ、今日は真夏日の設定でプールまで生えたくらいだ。
全く寒くない。
「近いです。……別に嫌じゃないですけど」
彼女が少しだけ頬を染めて、さらにギュッと手を握り直す。
心臓うるさいですね。私のです。
彼女が小さく呟くのが聞こえた気がした。
俺の心臓の音も、周囲の喧騒をかき消すほどにうるさく鳴っている。
周囲の魔物たちが「ヒューヒュー」と冷やかしてくる。
オークの八百屋が「大根おまけしとくッスよ、お熱い二人!」と叫んだ。
俺は逃げ出したかったが、彼女の手を振り解くことなど到底できなかった。
これが、いわゆるデートというやつなのだろうか。
未登録迷宮の(仮)マスターと、国を追われた聖女の買い出し。
どう考えても非日常な設定なのに、今の俺たちには「夕飯のおかず」という至極現実的な目的しかない。
「次は、お肉屋さんに行きましょう。家主さん、今日はハンバーグでいいですか?」
セレナが俺の腕を引く。
その瞬間、俺の頭の中にあった『迷宮防衛計画』だの『監査対策』だのといったタスクが、完全に真っ白に消え去った。
ただ彼女の手の温もりだけが、俺の思考を支配していく。
だが、そんな甘い時間を切り裂くように、聞き覚えのある声が響いた。
「あーっ! お二人さん、そんなところで何やってるんスかー!」
水晶玉を掲げたノアが、ニヤニヤと笑いながらこちらに走ってくる。
「おい、カメラ回すな!」
俺が叫ぶのも虚しく、水晶玉の向こう側ではまたしてもコメント欄が爆発していた。
俺の現場監督としての冷静な判断力は、この実家のぬるま湯と甘い空気によって、確実に削り取られていた。




