第44話「夏休み:迷宮プール」
「暑いですね」
セレナの一言で、水音が増えた。
いつの間にか迷宮にプールがあった。
地下迷宮とはいえ、地上の季節の影響は受けるらしい。
その日は朝から、じっとりとした熱気が迷宮内にこもっていた。
魔力灯の光までが、心なしか暑苦しく感じる。
「暑いですね」
リビングのソファで、セレナが手でパタパタと顔を仰ぎながら呟いた。
純白のドレスは通気性が悪いのか、彼女の白い首筋にうっすらと汗が浮かんでいる。
「そうだな。換気扇の魔力を上げてるんだが、追いつかないみたいだ」
俺が冷たい白湯(ただの水だ)を飲んでいると、セレナがふと天井を見上げた。
「夏といえば、水遊びですよね。冷たい水に入りたいです」
その一言が、引き金だった。
ゴゴゴゴゴッ!!
廊下の奥から、凄まじい地鳴りが響いた。
それに混じって、ザバーン! という大量の水が跳ねる音が聞こえてくる。
俺は嫌な予感に飛び起きた。
「おい、また何か生えたぞ!」
リビングを飛び出し、音がした方へ走る。
行き止まりだったはずの壁が消滅し、そこには巨大な両開きのガラス扉が現れていた。
扉の向こうには、太陽の光(地下なのに)が燦々と降り注ぐ、広大な空間が広がっていた。
「……プール?」
青いタイルが敷き詰められた、オリンピック競技用のような巨大なプール。
ご丁寧に、ウォータースライダーや、波の出るプールまで完備されている。
空気はカラッと晴れ上がり、リゾート地のような匂いがした。
《ホーム指数が限界突破しました》
《設備『レジャープール』が増築されました》
「やったー! プールだ!」
後ろから走ってきたノアが、服のまま歓声を上げて飛び込んでいく。
ザバーン! と盛大な水しぶきが上がった。
「貴様! 準備体操もせずに水に入るなど、言語道断だぞ!」
ジャージ姿のリースが後を追いかけてきて、プールサイドで怒鳴っている。
俺は呆然とその光景を眺めていた。
家の中にプールが生える。もう金持ちの豪邸すら凌駕している。
「家主さん、お待たせしました」
背後から、少し恥ずかしそうな声がした。
振り返った俺は、持っていたコップを落としそうになった。
セレナが、どこで手に入れたのか、清楚な白いワンピース型の水着に着替えて立っていたのだ。
普段は隠されている滑らかな肩や、すらりとした足が惜しげもなく晒されている。
水着の上からでもわかる柔らかな曲線に、俺の視線は完全に釘付けになった。
「ど、どうですか……? 変じゃ、ないですか?」
彼女が上目遣いで尋ねてくる。
頬がほんのりと朱色に染まっていて、その破壊力はもはや国家転覆レベルだった。
「あ、いや……すごく、似合ってる」
俺が絞り出すように答えると、セレナはパッと顔を輝かせた。
「さあ、家主さんも入りましょう!」
彼女が俺の手を引き、プールサイドへと歩き出す。
その瞬間、俺の頭の中から「現場監督」という仕事の記憶が完全に消え去った。
「ぶくぶく……た、助けて……足が、つった……」
プールの中央で、ノアが調子に乗って溺れかけているのが見えたが、俺はそれどころではなかった。
セレナの手の温かさと、プールの冷たい水。
俺の未登録迷宮は、完璧な夏休みを満喫するリゾート地と化していた。




