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『ダンジョンマスター(仮)ですが、聖女が迷宮を“実家”扱いして出ていきません』  作者: 腐柿


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第43話「家庭科:縫い物で魔法」

セレナが針を持つと、空気が凛とする。

布を縫うだけで結界が張られる。

リースが小声で言った。「尊い……」


午後からは、迷宮学校の『家庭科』の時間だった。

教室の机が片付けられ、生徒たちの前には様々な端切れの布と、裁縫道具が並べられている。


「この世界は、大きな『布』でできていると言われています。だから、縫い物をすることは、世界を整えることと同じなんですよ」


セレナが教壇で、小さな針に糸を通しながら説明している。


彼女が針を持つと、教室の空気がスッと冷たく、そして清らかに澄み渡るような気がした。

ただの裁縫ではない。

彼女の指先から微かな魔力が糸に伝わり、空間の「ほつれ」を物理的に縫い合わせているのだ。


「さあ、みんなもやってみましょう。まずは真っ直ぐ縫う練習です」


セレナの言葉に、子どもたちが一斉に針を動かし始める。

俺は教室の後ろで、腕を組んでその様子を眺めていた。


「すごいな。ただ雑巾を縫ってるだけなのに、空気が引き締まっていく」


俺の呟きに、隣にいたリースが深く頷いた。


「あの方の裁縫は、もはや神域の結界魔法だ。あの雑巾一枚あれば、竜のブレスすら防げるかもしれない」


リースは顔を真っ赤にして、セレナの縫う手元を食い入るように見つめている。

規律と強さを重んじる騎士にとって、生活の所作から最強の防御を生み出す聖女の姿は、あまりにも眩しいらしい。


「できました」


セレナが糸を切り、縫い上がった真っ白な雑巾を掲げた。


その瞬間。

ボワァァン! と、雑巾から強烈な光の波動が放たれた。

教室全体が、目に見えない強固な壁で覆われたような感覚に陥る。


《ホーム指数が上昇しました》

《迷宮全体に『絶対防壁(実家の安心感)』が付与されました》


システムウィンドウが告げた内容は、デタラメの極みだった。

ただ雑巾を縫っただけで、迷宮の防御力がカンストしてしまったのだ。


「……尊い」


隣でリースが、膝から崩れ落ちて呟いた。

彼女の目には涙が浮かんでいる。


「いや、泣くほどのことか?」


「お前にはわからないのかユウ殿! あんなに美しく、慈愛に満ちた結界を、私は見たことがない! 神殿の最高司祭が何日もかけて張る結界より、ずっと温かいのだ!」


リースが完全に信者の顔になっている。


「ほら、リースさんも一緒に縫いませんか?」


セレナが微笑みながら、端切れの布を差し出した。


「わ、私が……!? 聖女様と共に、世界を縫い直すというのか!」


リースは震える手で布を受け取り、不器用な手つきで針を持ち始めた。

その様子を配信用の水晶玉で撮影していたノアが、「今日の撮れ高も最高だな」とニヤニヤ笑っている。


俺は再び胃を押さえた。

この迷宮の住人たちは、もう完全に常識という枠から逸脱してしまっている。

神殿が攻めてきても、雑巾一枚で追い返せる日が来るかもしれない。

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