第42話「迷宮学校(寺子屋)」
ダンジョンに子どもの笑い声が響いた。
セレナが先生ぶってる。ぶってない、先生だ。
俺はなぜか“保護者席”に座らされた。
「はーい、皆さん席についてくださいねー」
迷宮の廊下に、明るく澄んだ声が響き渡った。
俺がリビングから顔を出すと、昨日まではただの広い空間だった場所に、木製の机と椅子が整然と並ぶ『教室』が生えていた。
正面には黒板があり、教壇には純白のドレスに割烹着というお馴染みのスタイルで、セレナが立っている。
机に座っているのは、商店街で働く魔物たちの子ども(小さなゴブリンやオーク)と、噂を聞きつけて地上から遊びに来た人間の人間の子どもたちだ。
種族の壁など存在しないかのように、みんな仲良くノートを開いている。
「迷宮に、学校ができたのか……」
俺が頭を抱えていると、ジャージ姿のリースが真剣な顔で横に並んだ。
「教育は国家の礎だ。ユウ殿の迷宮は、ついに次世代の育成機関まで内包したということだな。素晴らしい防衛戦略だ」
「だから防衛とかじゃなくて、ただのホーム指数の暴走なんだよ……」
俺がぼやいていると、教壇のセレナがこちらに気づいて、ふわりと微笑んだ。
「あ、家主さん。ちょうどよかったです。今日は保護者面談の日なんですよ」
「は? 保護者面談?」
「はい。そこの席に座ってください」
彼女が指差したのは、教壇のすぐ目の前にぽつんと置かれた、パイプ椅子のようなものだった。
「いや、俺は子どもなんかいないし、そもそも俺がこの迷宮の管理者なんだけど」
俺の抵抗も虚しく、セレナの「座ってくださいね(にこ)」という無言の圧力に屈し、俺は大人しくパイプ椅子に腰を下ろした。
教室の子どもたちが、興味津々でこちらを見ている。
セレナはチョークを置き、出席簿のようなものを小脇に抱えて、俺の前に立った。
「ユウくんの保護者の方ですね」
「俺がユウだよ」
「最近のユウくんですが、少し帰りが遅いことが多いですね。それに、ご飯を食べるのが早すぎます。もっとよく噛まないと、胃を悪くしますよ」
完全に俺への個人的な説教だった。
しかも、先生と生徒の保護者という謎のロールプレイを通しているため、妙な居心地の悪さがある。
「あ、はい……気をつけます」
俺が小さく頷くと、セレナは満足そうに微笑んだ。
「それと、もう一つ」
彼女は出席簿で口元を隠し、少しだけ顔を近づけてきた。
甘い石鹸の香りがふわりと漂い、俺の心臓がドキンと跳ねる。
「……夜更かしも、ほどほどにしてくださいね。私が心配しますから」
小さな声で囁かれたその言葉に、俺の顔は一気に熱を持った。
子どもたちが見ている前で、なんという破壊力だ。
「ヒュー! 先生と家主さん、ラブラブー!」
「けっこんしろー!」
子どもたちが無邪気に囃し立てる。
俺は耳の先まで真っ赤にしながら、ただひたすらに下を向くしかなかった。
迷宮学校の初日は、俺の精神力をゴリゴリと削り取る授業となったのだった。




