↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ダンジョンマスター(仮)ですが、聖女が迷宮を“実家”扱いして出ていきません』  作者: 腐柿


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/80

第39話「帰宅の誓い(ほぼ告白)」

セレナが小さく息を吸った。

「帰る場所は、ここじゃないんです」

俺はその意味を、まだ理解していなかった。


「攫いに行く」発言による迷宮の増築暴走がようやく収まった、その日の夜。

ダンジョンのリビングには、オレンジ色の温かい魔力灯の光が満ちていた。


ノアは配信の編集作業で自分の部屋(いつの間にか防音室になっていた)に引きこもり、リースは「夜間警備の巡回だ」と言って外へ出ている。

モップも迷宮の隅の汚れを求めて姿を消した。


広いリビングには、俺とセレナの二人きりだった。


ソファに隣同士で座り、食後のほうじ茶を飲んでいる。

二人とも、昼間の出来事を引きずっているのか、どこかぎこちない沈黙が続いていた。


「……あー、お茶、美味しいな」


俺が誤魔化すように呟くと、セレナは湯呑みを持ったまま、小さく頷いた。

彼女の横顔は、まだ少しだけ赤い。

純白のドレスの裾が、俺のジャージに触れるか触れないかの距離にある。


カチャリ、とセレナが湯呑みをテーブルに置いた。

そして、彼女は俺の方へと向き直り、真っ直ぐに俺の目を見つめた。


「家主さん」


「お、おう。どうした?」


「今日、神殿の人たちが来た時。私、本当に怖かったんです」


彼女の声は、静かで、微かに震えていた。

青い瞳の奥に、かつての孤独な聖女の姿が垣間見える。


「私はずっと、神殿の飾り物でした。誰かのために祈り、誰かのために微笑む。それが私の『使命』だと教えられてきました。でも、どこにも私の居場所はなかった」


セレナは、自分の首にかかっている青く光るコアの欠片――この迷宮の鍵を、そっと指先でなぞった。


「ここに迷い込んで、あなたが『玄関のルール』を作ってくれて。一緒にご飯を食べて、お布団を干して。……私、初めて『自分の場所』を見つけた気がしたんです」


彼女の言葉が、じんわりと胸に染み込んでくる。

俺は何も言わず、ただ彼女の言葉に耳を傾けていた。


「だから、絶対に帰りたくなかった。ここが私の実家だから。でも……」


セレナは小さく息を吸い込み、ふわりと、だがどこか切なげに微笑んだ。


「今日、あなたが『攫いに行く』と言ってくれた時、私、気付いたんです」


「気付いたって、何を?」


セレナは俺の袖口を、そっと指先で摘んだ。

彼女の体温が、布越しに伝わってくる。


「帰る場所は、ここじゃないんです」


「……え?」


「この迷宮が心地よいのは、温かいご飯があるからじゃない。広いお風呂があるからでもない。……あなたが、そこにいてくれるからです」


ドクン。

心臓が、今日一番の大きな音を立てて跳ねた。


「家主さんがいる場所が、私の帰る場所なんです。だから……私をずっと、あなたの隣に置いてください」


彼女の青い瞳が、潤んで光っている。

甘い石鹸の香りと、彼女の熱を帯びた吐息が、俺の理性を激しく揺さぶる。

これは、もはや完全に。

どう好意的に解釈しても、そういう意味の言葉にしか聞こえない。


だが。

俺の「現場監督」としての悲しき防衛本能と、絶望的なまでの鈍感さが、ここで最悪の形で発動してしまった。


「なるほど……」


俺は腕を組み、深く頷いた。


「つまり、この迷宮の『ホーム指数』の根源は、建物や設備という物理的な環境ではなく、俺という『管理者ヒューマンリソース』への依存度が高い属人的なシステムだったということか」


「…………は?」


セレナの顔から、一瞬で表情が抜け落ちた。

摘まれていた俺の袖口から、指がスッと離れる。


「いや、盲点だったな。俺が現場を離れたら、この迷宮のシステム自体が崩壊する可能性があるってことだ。よし、明日から属人化を解消するためのマニュアル作成と、俺のバックアップ体制の構築を……」


「………………」


空気が、凍りついた。


セレナは無言のまま立ち上がり、テーブルの上の湯呑みを片付け始めた。

その動きは、恐ろしいほどに機械的で、冷たい。


「あ、あれ? セレナ?」


「おやすみなさい、家主さん(にこ)」


彼女は振り返り、完璧な、そして絶対零度の笑顔を向けてきた。

そのままスタスタと自分の寝室へと歩き去り、バタン! とわざとらしく大きな音を立てて扉を閉めた。


『本日の報告。主人公の致命的なシステムエラー(鈍感)により、好感度が一時的にマイナスに振り切れました。控えめに言って、最悪です』


モップの呆れ果てた念話が、静まり返ったリビングに響いた。


俺はソファに取り残され、自分が一体どんな致命的なミスを犯したのか、一晩中頭を抱えて悩むことになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。