第35話「偽聖女登場(完璧でウザい)」
“もう一人の聖女”が現れた。
完璧な笑顔、完璧な祈り、完璧な口調。
モップが小声で言う。「完璧は信用できません」
台所での密室事件から数日。
俺の心臓は、セレナと顔を合わせるたびに不規則なビートを刻むようになっていた。
現場監督として冷静さを保たねばならないのに、ポンコツ化が著しい。
そんな俺の悩みなど知る由もなく、神殿は次なる刺客を送り込んできた。
「神殿からの使節団がお見えッス!」
受付を担当していたゴブリンが、慌てた様子でリビングへと駆け込んできた。
またか。書類、刺客、監査官、婚約者。
今度は何を持ってきたというのか。
俺が重い足取りで玄関に向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。
眩いばかりの光を放つ、巨大な天蓋付きの神輿。
それを担ぐ数十人の屈強な神殿騎士。
そして、その神輿の中心で、純白の法衣を身にまとった少女が静かに祈りを捧げている。
金糸のように輝くブロンドの髪。
汚れを一切知らないような、透き通るような白い肌。
彼女はゆっくりと目を開け、慈愛に満ちた笑顔をこちらに向けた。
「迷える迷宮の主よ。光の導きがあらんことを」
声まで完璧に透き通っている。
まるで、絵画から抜け出してきたような「聖女」の理想像そのものだった。
「初めまして。私は神殿より新たに聖女の座を拝命いたしました、マリアと申します」
彼女は神輿から優雅に降り立ち、上がり框の手前で深く一礼した。
「新しい聖女……?」
俺が目を白黒させていると、奥からセレナが歩み出てきた。
エプロン姿のままである。
マリアはセレナの姿を認めると、これ見よがしに悲痛な表情を作った。
「ああ、セレナ様……。かつて国を導いたあなたが、このような薄暗い地下で、しかもそのような下働きの服を着せられているなんて。どれほど辛い思いを……」
マリアは両手を組み合わせ、涙ぐむ演技を完璧にこなす。
「ご心配なく。私はただ、実家で暮らしているだけですから」
セレナは淡々と返し、全く動じる様子はない。
「強がらなくても結構ですよ。神殿はあなたの過ちを許し、再び光の元へ迎え入れる準備があります。さあ、私と共に帰りましょう」
マリアは美しい手を差し伸べた。
言葉遣いは丁寧で、態度は優雅。
非の打ち所がない、完璧な外面だ。
だが、俺の足元で震えていたモップが、冷たい念話を送ってきた。
『家主様。あの女の靴底には、香水のきつい匂いと、微かな泥汚れが隠されています。完璧に装っていますが、本性はドロドロの承認欲求の塊です。信用できません』
モップの毒舌探知機が、マリアの正体を正確に弾き出していた。
「あの、マリアさんと言ったか。迎えに来てくれたのはありがたいが、俺たちは……」
俺が断り文句を口にしようとした、その時だ。
「泥靴で上がらないでください(にこ)」
セレナが、マリアの足元を指差してふわりと微笑んだ。
「え……?」
マリアの完璧な笑顔が、一瞬だけ引き攣った。
「ここは私の実家です。靴を脱いで、揃えてから上がってくださいね」
「わ、私が靴を脱ぐ……? 神に仕えるこの私が、このような薄汚い床に素足を……」
マリアの声に、微かな苛立ちが混じる。
彼女の完璧な外面が、セレナの「実家ルール」という理不尽な壁の前で少しずつ剥がれ落ちようとしていた。
厄介な悪役の登場。
だが、俺の迷宮はすでに、どんな完璧な聖女だろうと靴を脱がせる魔境と化していた。




