第29話「コア欠片=家の鍵」
光る欠片が、玄関の鍵みたいにカチャリと鳴った。
画面が言う。《欠損:鍵》
セレナが拾って首にかけた。「これ、うちの鍵ですね」
アルベルトという厄介な自称婚約者を客間に押し込み、一晩泊めてから無事に追い返した翌日のことだった。
迷宮にはいつものように、観光客の喧騒と魔物コンシェルジュたちの威勢の良い声が響いている。
俺は受付カウンターの裏で、在庫の確認作業に追われていた。
『家主様。本日の清掃中、リビングのソファの下から奇妙な未確認物体を発見しました。不衛生極まりないため、処分を推奨します』
足元でぷるんと震えたモップが、半透明の体の中からコロンと何かを吐き出した。
それは、淡い青色に発光する、手のひらサイズの石の欠片だった。
石というよりは、ガラスや水晶に近い質感だ。
冷たい地下の空気に触れて、微かに明滅している。
「なんだこれ? 誰かの落とし物か?」
俺が手を伸ばし、その欠片に触れた瞬間だった。
カチャリ。
頭の中で、重厚な金属の鍵が回るような音が響いた。
同時に、視界の端に無機質なシステムウィンドウが浮かび上がる。
《未登録迷宮・欠損コアの一部を検知しました》
《カテゴリー:『鍵』に設定されています》
「……は?」
俺は間の抜けた声を漏らした。
このダンジョンが未登録の違法建築扱いになっている理由は、心臓部である『コア』が欠損しているからだ。
つまり、役所に提出する書類で言うところの、最も重要な印鑑が足りない状態。
そのコアの欠片が、なぜかソファの下に転がっていたらしい。
「なんでそんな大事なものがソファの下に落ちてたんだよ! 普通、迷宮の最奥の祭壇とかに鎮座してるもんじゃないのか!?」
『存じません。ホコリにまみれていたため、私はただのゴミかと思いました』
モップが敬語で淡々と返す。
本当にこの迷宮は、ファンタジーとしての体裁を一切保っていない。
俺が頭を抱えていると、エプロン姿のセレナが洗濯カゴを抱えて歩いてきた。
「どうしたんですか、家主さん。そんなところで石なんか見つめて」
「いや、これ……この迷宮の心臓部の一部らしい。システムが『鍵』だって言ってるんだ」
俺が手のひらの上の欠片を見せると、セレナの青い瞳が興味深そうに細められた。
彼女は洗濯カゴを床に置き、俺の手からひょいと欠片をつまみ上げた。
「鍵、ですか」
セレナは欠片を太陽の光(地下なのに差し込んでいる謎の光)に透かして見つめる。
「ちょうどいいですね。実家なら、家族が合鍵を持っているのは当然です」
彼女はどこから取り出したのか、細く丈夫な革紐を欠片の穴(いつの間にか空いていた)に通し始めた。
そして、そのまま自分の首にすっとかけたのだ。
「えっ……おい、セレナ!」
純白のドレスの胸元で、青く光るダンジョンコアの欠片が揺れている。
どう見ても、ただのペンダントにしか見えない。
「これ、うちの鍵ですね。失くさないように、私が持っておきます」
ふわりと微笑む彼女の顔は、完全に「家計と鍵を管理する妻」のそれだった。
《ホーム指数が上昇しました》
《対象名:セレナ に『合鍵』の権限が付与されました》
「権限付与ってなんだよ! 迷宮のシステムが完全に家族のルールに乗っ取られてるじゃないか!」
俺の絶叫は、今日も平和な実家の空気に吸い込まれて消えていった。
リースが通りかかって「ついに鍵まで預けたか。ユウ殿、年貢の納め時だな」と真顔で呟き、俺の胃痛をさらに加速させた。




