第25話「嫉妬:味噌汁が濃い」
女性客が増えた。
セレナの味噌汁が濃くなった。
俺だけが理由を知らない。
ノアの「案件配信」以降、迷宮を訪れる観光客の層が明らかに変わった。
以前は肝試しの若者や、物珍しさで来る冒険者が多かった。
しかし今は、なぜか若い女性のグループが急増している。
彼女たちの目的は「聖女の実家」を味わうことだけではないらしい。
「家主さん! これ、街で人気のクッキーです。食べてくださいね」
「あの、もしよかったら少しだけお話しできませんか?」
香水や化粧の甘い匂いが、玄関先で入り混じる。
俺は渡された色とりどりの紙袋を抱え、困惑しながら愛想笑いを浮かべていた。
現場監督時代、職人の頑固おやじたちの相手は得意だったが、若い女性の対応など俺のスキルツリーには存在しない。
「あ、あはは……ありがとうございます。でも、俺はただの迷宮の管理人でして……」
しどろもどろに答える俺の横で、ノアがニヤニヤと笑いながら水晶玉を回している。
どうやら、配信で「聖女と暮らす素朴な家主」という謎のキャラクターがウケてしまったらしい。
客が帰り、迷宮に静寂が戻った夕暮れ時。
ダイニングテーブルには、湯気を立てる夕食が並んでいた。
今日の献立は、白米と焼き魚、そして豆腐とワカメの味噌汁だ。
「いただきます」
俺は手を合わせ、まずは温かい味噌汁のお椀を両手で包み込んだ。
出汁の香りが鼻腔をくすぐる。
一口すすった、その瞬間。
「……ッ!?」
強烈な塩辛さが舌を刺し、俺は思わずむせ返った。
喉の奥が焼けるように熱い。
「ゲホッ、ゴホッ……! しょ、しょっぱ……!」
慌てて白湯を飲み干し、涙目で顔を上げる。
目の前には、エプロン姿のセレナが座っていた。
「どうしました、家主さん? お口に合いませんでしたか?(にこ)」
彼女はふわりと微笑んでいる。
だが、その青い瞳の奥には、一切の光がなかった。
絶対零度の冷気が、テーブル越しに俺の肌を粟立たせる。
「い、いや、すごく美味しいんだけど……今日、ちょっと味噌の量が多くないか?」
俺が恐る恐る尋ねると、セレナは首をこてんと傾げた。
「そうですか? いつもと同じですよ。気のせいです。気のせいにしてください(にこ)」
有無を言わさぬ笑顔の圧力。
俺は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
隣では、ジャージ姿のリースが何も気付かずに味噌汁をすすっている。
「ユウ殿、軟弱だぞ。この程度の塩分、騎士の野営食に比べれば水のようなものだ。私はおかわりを要求する」
お前は味覚が壊れてるだけだろ。
俺が心の中でツッコミを入れたその時、足元からモップの半透明な体がぷるんと震えた。
『本日の報告。女性客からの貢物:多数。それに伴う嫉妬の兆候を検知。味噌濃度:通常の三倍。記録します』
脳内に直接響く、モップの無機質な念話。
「し、嫉妬……?」
俺が小声で呟くと、セレナの笑顔がさらに深く、そして冷たくなった。
「モップ? 床の汚れが気になりますね。徹底的に拭き掃除してください。あと、家主さん」
「は、はい!」
「クッキー、たくさんもらって嬉しそうでしたね。明日の朝ごはん、クッキーにしますか?(にこ)」
彼女の声は、どこまでも優しく、そして恐ろしかった。
俺は自分が何の地雷を踏んだのか、全く理解できないまま、ただひたすらに首を横に振るしかなかった。
俺の鈍感さが、この迷宮に新たな恐怖を生み出していた。




