第21話「迷宮ツアー開始」
俺はダンジョンで“受付”を始めた。
何を言ってるか分からないと思うが。
セレナが腕章をつける。「本日の実家案内、開始です」
ノアの配信による「聖女の実家」バレから数日。
俺の未登録迷宮は、前代未聞の異常事態に陥っていた。
ダンジョンの入口、つまりは玄関の外に、長蛇の列ができているのだ。
神殿の討伐隊ではない。ギルドの監査官でもない。
ただの野次馬、そして噂を聞きつけた一般の観光客たちである。
「ねえねえ、本当にあそこに聖女様がいるの?」
「おい、押すなよ! 配信で見た『実家の玄関』で記念撮影するんだから!」
薄暗い地下の洞窟に響く、場違いなまでの歓声と熱気。
俺は胃薬代わりの白湯を飲み干し、真新しい木製の受付カウンター(昨夜、セレナが「来客が多いですね」と言った瞬間に生えた)に突っ伏した。
「……終わった。俺のダンジョン、完全に観光地になっちまった」
「元気出せよ、家主! ほら、入場料代わりにみんな手土産持ってくるぜ!」
ノアが受付カウンターの横で、観光客から受け取った果物や菓子折りを山積みにして笑っている。
彼はすっかりこの迷宮の広報担当として定着してしまった。
「そういう問題じゃない。ここは危険な迷宮だぞ。いつモンスターが暴走するか……」
俺が反論しようとしたその時、奥の扉が開いてセレナが現れた。
純白のドレスの上に、今日はなぜか「案内係」と書かれた手作りの腕章をつけている。
「皆様、お待たせいたしました」
彼女が玄関の上がり框に立つと、外の喧騒が嘘のように静まり返った。
神聖なオーラと、圧倒的な生活感が入り混じった奇妙なプレッシャー。
観光客たちは息を呑み、憧れの聖女を食い入るように見つめている。
「本日の実家案内、開始です。玄関は家の顔ですので、靴の泥を落としてから順番にお入りくださいね(にこ)」
セレナがふわりと微笑むと、観光客たちは一斉に歓声を上げた。
「おおおっ! 聖女様の生『にこ』だ!」
「やばい、靴揃えなきゃ! 怒られたい!」
完全に趣旨が変わっている。
彼らは迷宮を探索しに来たのではない。聖女に「実家ルール」で怒られ、癒やされに来ているのだ。
俺は頭を抱えたまま、案内ツアーの様子を眺めていた。
セレナを先頭に、数人のグループがスリッパを履いてリビングへと進んでいく。
「こちらが台所です。今日のお味噌汁は豆腐とワカメですよ」
「おおーっ!」
「あちらが客間です。布団は私が干しました」
「すげえ! 聖女様の手干し布団!」
ただの家だ。
どこにでもある、少し広めの実家。
それがなぜか、国中から人が押し寄せる一大観光スポットになってしまった。
『家主様。客人の増加に伴い、床の汚れが規定値を超えそうです。直ちに清掃の手配を』
足元からモップの冷酷な念話が響く。
「わかってるよ……でも、これ以上どうしろって言うんだ」
ただでさえ俺の胃は限界に近いのに、家の中に他人がうじゃうじゃと増えていく。
そのストレスは、現場監督時代の大規模な工期遅れの時よりも深刻だった。
だが、問題はそれだけではなかった。
観光客が増えたことで、この迷宮の『ホーム指数』はさらに異常な数値を叩き出し始めていたのだ。
ゴゴゴゴゴッ。
足元の石畳が震える。
俺は嫌な予感に顔を上げた。
「おい、待てセレナ! 今度は何を言った!」
俺の叫び声は、歓声にかき消された。
どうやら、案内ツアーの途中で誰かが「ここ、落ち着くね」と言ってしまったらしい。
壁が動き、新しい廊下が伸びていく。
家なのに、人が増え、部屋が増える。
俺の迷宮運営は、もう誰にも止められない領域へと突入していた。




