第19話「神殿の書類攻撃」
神殿から届いた封筒の数が、嫌がらせの域を超えている。
罰金、差押え、期限、印鑑。
セレナが言った。「払います(にっこり)」
玄関ポスト(いつの間にか生えていた)から回収した手紙の束が、ダイニングテーブルの上に山積みになっている。
すべて、神殿の管理局から送られてきたものだ。
蝋封には禍々しい赤い紋章が押され、どれもこれも物々しい空気を放っている。
俺は胃薬代わりの白湯をすすりながら、一枚ずつ封筒を開封していった。
「未登録迷宮に係る罰金請求書、違法増築に対する警告書、聖女奪還命令の最終通達……なんだこれ、差押えの予告状まであるぞ」
役所特有の、無機質で冷酷な言葉の羅列。
期限、添付、署名、押印。
読んでいるだけで寿命が縮むような書類の山に、俺は深い深いため息をついた。
前世で現場監督をしていた時も、役所の書類仕事には散々泣かされてきた。
この世界でも同じ苦しみを味わうとは、何の因果だろうか。
「ユウ殿、どうした? 顔色が土気色だぞ」
ジャージ姿のリースが、心配そうに覗き込んでくる。
彼女の手には、先ほど増築された『猫部屋』から連れてきた子猫が抱かれていた。
「神殿からの嫌がらせだ。物理で勝てないからって、今度は書類の山で俺の胃を破壊しに来たらしい」
俺が書類の束を指差すと、リースの表情が険しくなった。
「卑劣な手段だ……。だが、神殿の法務部は容赦がない。このまま無視し続ければ、本当に討伐の本隊が動くかもしれないぞ」
「わかってるよ。でも、こんな莫大な罰金、どうやって払えばいいんだ」
俺が頭を抱えていると、台所からセレナがエプロン姿で現れた。
彼女の手には、熱々の卵焼きが乗ったお皿が握られている。
「どうしました? 朝から難しい顔をして」
「神殿から、とんでもない額の罰金の請求が来てるんだ。未登録で迷宮を拡張したからって」
俺が説明すると、セレナは首をかしげて書類を覗き込んだ。
青い瞳が、長々とした請求書の文面をさらりと追う。
「ふむふむ。なるほど」
彼女は卵焼きの皿をテーブルに置き、にっこりと微笑んだ。
「払います(にっこり)」
「……は?」
俺とリースは同時に素頓狂な声を上げた。
「払うって、お前、この金額見たか!? 城が建つくらいだぞ!」
「大丈夫です。実家の維持費くらい、私がなんとかしますから」
セレナは胸を張り、自信満々に頷いた。
だが、聖女とはいえ、神殿を出奔した彼女がそんな大金を持っているはずがない。
「どうやって払うつもりだ?」
俺が恐る恐る尋ねると、セレナは笑顔のまま答えた。
「神殿の上層部には、私が個人的に握っている弱みがいくつかあります。横領、密輸、愛人問題……。それを一つずつ手紙で指摘して、相殺してもらいましょう」
「お前、聖女だろ!? なんでそんなマフィアみたいな交渉術を持ってるんだよ!」
「清く正しく生きるためには、裏の掃除も必要なんです。ふふっ」
セレナの笑顔が、底知れぬ恐怖を孕んで見えた。
神殿の権力闘争の中で生き抜いてきた彼女は、ただの箱入り娘ではないらしい。
『素晴らしい判断です、セレナ様。ゴミは徹底的に排除すべきですね。こちらの書類は、私が処分しておきましょう』
足元から現れたモップが、書類の束の一部を体内に取り込み、シュワシュワと溶かし始めた。
「こらモップ! 重要な書類まで溶かすな!」
俺の叫び声は虚しく響き、神殿からの嫌がらせは、セレナの笑顔とモップの消化液によってあっけなく無力化されたのだった。




